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背景の記憶(190)

 森の中の施設をまだ薄暗い時間に出発して、僕たち二人は麓の学校へと向かった。舗装のされていない曲がりくねった坂道を、半ば転げるように歩いた。
 途中で不気味な物体が走りあがってくるのが見えた。かなり大きい。上はダチョウのような首の長い鳥のようでもあり、下は恐竜のようで二足歩行している。しかし不思議なことに目は人間の目そのもので、何かを語りかけているようにも見えた。
 しかし、その動きは僕たちに襲い掛かる雰囲気がありありで、近づくにつれ恐怖を覚えた。すれ違いざまに大きな羽で突き飛ばされそうになったが、咄嗟の判断で体を屈め、羽の下をすり抜けた。後ろを振り返らず僕たちは一目散に坂を駆け下りた。
 学校へ着くと、もう始業時間寸前だった。学年の違う友達と別れて、僕は三階の教室へ急いだ。入口の戸を開けると、全員着席済みだった。見ると、僕の座る席がない。そうだ・・・僕はもう三カ月も登校していなかったのだ。しばらくして、一番前で机を動かす音がした。まるで邪魔物のように机は後ろの生徒のそれに引っ付けられていたのだった。机を動かした生徒が、不審げに僕を見つめてすぐに下を向いてしまった。
 先生が入ってきて、いきなり問題用紙を配り始めた。期末試験?とんでもない日に登校してきたものだ。周りの生徒も緊張のせいか、久しぶりに登校してきた僕のことなんか気にしてられないという雰囲気だった。
 数学だった。一問目で僕は設問の不備を見取った。確率の高い答えをまず書いて、空白の部分に、設問の是正(補充)とそれに対する答えを書き記した。他の四つの問題はスラスラと解けた。
 正味十五分で、僕は答案用紙を提出した。みんなが怪訝な目で僕を見ていた。窓際に座っていた富田君がチラッと僕を見た。かすかに笑っているようだった。彼はクラスの中でも別格だ。一発で東大に合格だろう。僕はそのまま屋上へ上がって行った。
 冷たい風が吹き抜ける屋上で、校庭を見下ろせるところに立って、なぜか僕は三島のポーズをとった。両手を腰にあて、やや斜め上方を見やって、何かを叫ぼうとしたが、言葉は出てこなかった。
 施設のある方角の森から、朝出くわしたあの怪物が飛んでくるような錯覚を覚えた。27.11.30-2.jpg

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背景の記憶(186)

この季節になれば
かならずあなたを想い出す
コスモスはあなたの好きな花だから

可憐で
でもどこか淋しげで
ひょろっとしてるのに
でも芯がとても強くて

花たちの間に
あなたの笑顔を見たような
あの時のシャッターチャンスのように



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        (嵯峨野)

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背景の記憶(185)

素顔のきみに惹かれた

飾らないきみが好きだった

でも・・・ある時から急に

きみに変化が起こった

当然の女性心理と言えばそれまでだろう

化粧と華やかなファッションに

きみの素顔は隠されてしまった

きみの思惑とは裏腹に

きみとの距離が生まれたことを実感した

素顔とは・・・

きみの心の素直さだと

今でも思っている

心を飾れば本質が消えて行く

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背景の記憶(183)

ぼくは

あなたに

恋をする

一生涯

恋をする


あなたが

ぼくを

呼び続けたように

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背景の記憶(182)

・・・・・・・・・・・・・
幸子よ
寝覚めの寝台車の床に
期待もしないのに
あらわれたのはどういうわけなのか
わたしの純情な呼び掛けは影うすれた
しかし私の心性は
時をまって情緒にかえろうと志すのか
早く母を失った子であれば
それ故のみじめさは感じさせまいと
手許くるしくても
友人先輩の支えだけで
反抗に燃えて挙式するのもよいかもしれぬ
趣味としてそうおもったりする
秋夫が現在の境遇であればあるほど
(現世的な非難はいくらでもできる)
お前の末っ子が成人しかかって
いまだにおのれの道にためらっているままに
お前のいまわの際に
こども こども (たのむ)
と声なき口もとを動かした
十六年の坂を越えて
責をはたそうとしたというのか
わたしの愚痴っぽさは
人は聞き飽きる
秋夫は私に注意する
お前さんのは式にいうようなことばじゃないと
かまわないさ

魂はもはや歔欷でもなく叫喚でもないわたしはただ(おそらく)
見守りたいだけ
生あるかぎろ
そうしたいだけ
いまわの床で
台所にいた三歳の秋夫が大きな声で
  「まんまごせ」
とどなっているのを
「アレまんまごせとや」
と病にさいなまれているおのれのくるしみを瞬時忘れて口ばしった
その前後の呼吸まひで苦しく
生きたく苦しく
しかしわが子の無心の叫びは
母の耳をとらえて
瞬時業病との戦いを忘れたかにみえた

ああその秋夫と
東京に
素子の嫁入りにいってきたよ

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背景の記憶(181)

    特攻隊

叔父・谷川隆夫 海軍少尉(第十三期海軍飛行予備学生)

昭和二十年 四月 七日 特攻隊出撃・戦死 享年二十五歳

二階級特進 海軍大尉



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背景の記憶(180)

    行水

「行水せんかね」

「水、浴びんかね」

夏、実家へ帰ると

父の第一声は

いつもこれだった



行水・・・もはや死語かな


しかし、言われるままに

水を浴びると

体がしゃきっとして

扇風機の風が心地よかった


冷やした西瓜やトマト

それに素麵が

定番だったな

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背景の記憶(179)

    或る人に捧げる私の弁証法

その人はまぶしい
私は応対にひどく気を遣う

その人の得意な笑顔
一点の曇りもない爽やかな笑顔から
私は逆に
宇宙の寂寥をよみとる

そしてまた
人知れぬ夜空の深淵に飛び交う
閃光のささやきを


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背景の記憶(178)〜原爆忌〜

     夏

一人の兵士が帰ってきた。
大男の
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の彼は
前の家の近くだった。

「やあ、帰ったかかね。早かったね。
 どこにいたの」
「広島です」
「ふーん、あそこはえらい爆弾が落ちたというのに
 いい調子だったね」
「はい」
・・つい、二、三日前の新聞で「新型爆弾か」という
記事を見たばかりだったから
私はこころから祝福した。

愛くるしい童顔の彼が
あまり見えないので
どうしたやら
ちょっと聞いてみた。

だれかがいった。
帰った一週間ほどは
何ともなかった。
やがて血を吐きだした。
血を下した。

帰ってから
十日ほどで
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の大男は
消えてしまった。

        (渡部一夫)


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背景の記憶(175)

君の涙の美しさに
僕の瞳も潤んだ

君の涙の淋しさに
僕の心は戸惑った

どっちが真実なのか
わずかな時間の流れの中で
僕は涙の温もりと冷たさを感じた

僕はどうすればいいのだろう
僕は何を言葉にすればいいのだろう
見つからない答えの中で
時間だけが通り過ぎて行った

無言の涙がこれほど多くを語るとは
僕はついぞ涙の源を見つめることができなかった
本当の訳を知るのが怖かったのか
僕の考えすぎと思いたかったのか

また涙の温もりと冷たさが
僕の頬をつたった

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