小学校時代・・・
「あそこは行っちゃダメ!」という場所へ、僕は普通に遊びに行って、ワルと言われていた彼のお母さんに、夕ご飯までごちそうになって帰った。
教師の父は、そのことを耳にしていたのだろうけど、僕には何も言わなかった。
同じく小学校時代・・・
休みがちの同級生の家へ、学級委員として誘いに行った。あの時代はほとんどが粗末な身なりではあったけれど、彼は特別だった。僕自身は、そこまで深くは考えなかったから、言わば軽い気持ちで誘いに行ったのだが・・・彼の鋭い眼差しに跳ね返された。お母さんの目は、彼ほどではなかったけれど、それでも拒絶する目に変わりはなかった。僕なりに、「僕は甘いな・・・世間を知らなすぎるな・・・」と落ち込んだ。
中学校時代・・・
卒業を目前にした予餞会。各クラスがそれぞれに出しものをした。コーラスあり、寸劇あり、いろいろだった。僕のクラスは、僕自身の統率力の欠如もあって、まとまらなかった。そんな時、クラス一のワルだったU君が、「オレがやる」と申し出た。みんな驚いたが、やがて拍手が沸いた。彼はヘアースタイルもそっくりにして舟木一夫の「高校三年生」を歌って拍手喝采を浴びた。
高校時代・・・
僕自身が落ちこぼれた。・・・というか、自身の意志で意図的に脱線した。進学校の中での独自路線は徹底的な晒し者になった。職員室で「壁に向かって立っておれ」と言われたこともあったし、クラスメートの冷ややかな目線も辛かった。救いは担任のK先生と隣の席のKさんだった。先生は、あらゆることを踏まえた上で理解してくれて陰ながら応援してくれた。Kさんは、賢いけれどぐれた様なところがあって、妙に僕の心の奥を見透かしていた。彼女も親が教師だったのかもしれない。後年、同窓会で一緒になったとき、彼女に言われた。「オウム事件の時、てっきりわたなべ君だと思ったんだから・・・」と。
無意識のうちに、僕は人の心を、特にその裏側を見てしまう、見えてしまうところがあったのかも知れない。
前記事の内容に似て、僕にも似通った経験がある。あれは高卒後の18歳のことか・・・僕はある宗教団体に所属していて、専従布教師の見習いとして、岡山県にある支部に派遣された。先輩先生のもとで種々勉強をさせていただいたわけだ。
ある日の事、未舗装の道路を先輩の運転するバイクの後ろに乗せられて走行中、車輪が砂利に引っ掛かって左右にぶれた。そのはずみで僕は後方に大きく振り落されて、顔面と言わず腰と言わず路面に激しく打ちつけられしまった。
その直後のことはまったく記憶がなく、気が付いたら僕は布教所の布団の上に寝かされていた。事故後まる二日、僕が記憶を失っていたらしい。所属していた宗教団体は、教義として余程の事がない限り、病院へは行かなかったのだ。
意識は回復したが、打撲は凄まじかったようで、僕は寝返りさえうてない状態だった。眼鏡と時計のせいで、右の眉毛の横と、右手首にかなりの傷を負っていた。一旦目覚めたものの、その後はまたしても昏睡状態となり眠りつづけたらしい。
布教所はご信者である農家の母屋の離れの二階にあった。母屋には横須賀に嫁いでいた娘のA子さんがお産のため帰省していた。25〜26才だったろうか。すでにお産を終えた身で、そのひとが僕の世話をしてくれた。赤ちゃんのことだけでも大変だったろうに、意識のない時も、ずっとそばにいてくれたらしいかった。
身体を拭いてくれたり、包帯を取り換えてくれたり、おそらくは下の世話もしてくれたろうに、僕にはその記憶がまったくない。二週間目にやっと僕は起き上がりトイレに行くことができたのだった。
事故から一週間くらい経ったとき・・・
空には梅の花が、土には福寿草が、春の光をいっぱい浴びています。その光の中から嬉しいお便りが届きました。思いがけないお便りに接して、今日は一日、うきうきしております。
歌友・・・なんてよい言葉でしょうか。三國さんのような方に、歌友なんて呼んでいただけて幸せいっぱいです。
わが歌に熱きおもいを寄せたまいし君の消息絶えて久しも
・・・とかなしいい思いを詠まずにいられなかった時もありました。でも、三國さんの美しいお言葉の詰まったお便りをいただくだけで、そんな寂しい日々のことなど、吹き飛んでしまいます。
「沈黙のひと」 小池真理子
亡き父にも・・・
その介護付き有料老人ホームは、松江市の郊外にあった。年に一度か二度、帰省した時には、必ず立ち寄ることにしていた。
そこには、叔父が入所していた。母方で生きているたった一人のひとであり、幼くして母と死別した僕たち甥や姪の親代わりのような人だった。戦争の傷のせいで、自分には子供が無かったことも原因していたかもしれない。
叔父は、父や他の叔父さんたちと同じく教職に就いていた。そしてやはり校長としてその職を全うした人だった。祖母がそうだったせいなのか、叔父は大柄で恰幅のいい人だった。誰に似たのかいつも辛口トークで、僕たちを怯えさせまた笑わせた。
家族五人で訪問した時、叔父は殊更元気ありげに振る舞ってくれたが、何度も何度も「アンタ、名前は?」と息子たちに問いかけた。かなり認知症が進んでいるようだった。案内のスタッフの女性が、「先生をしてらしたせいか、廊下ですれ違うと『おはよう!勉強せ〜よ!』っていつも仰るんですよ。いつまでも校長先生なのね」と笑いながら話してくれた。
帰る時間になると、入浴を済ませた叔父は、テレビのある大きな休憩室で、車椅子に座ってぼんやりとテレビを観ていた。ただテレビの方を向いているというだけで、その中身を理解しているようには感じられなかった。
僕が近寄り、肩を叩いて「おじさん、じゃあ行くからね」と言うと、叔父は淋しげに振り向いて「ああ・・・」と言った。終ぞ僕が何ものなのかは判らないままのようだった。
ドアのところで、もう一度叔父の方に目を向けると、右手を上げてサヨナラをしているように見えた。この一瞬だけ、叔父に記憶が蘇って、「あきお・・・ありがとう・・・」とホントにサヨナラをしてくれているように思えて、僕は涙を堪えらえなくなってしまった。
二重スパイ
話は前後するが、結果として僕は、二重スパイ的存在になってしまったと言える。スパイは言い過ぎにしても、両陣営(?)と均等に接点を持ちうる唯一の存在となってしまった・・・というわけだ。
人間の心理とは、実に興味深いものだ。事の真っただ中にいる本人たちですら、僕の客観的視点や考え方に左右されてしまうわけだから・・・。方や〜恨み、妬み、嫌悪・・・、方や〜略奪、征服、独り占め・・・。
しかし、事は意外にあっさりと終焉に向かうこととなる。ほぼ同じころに、両方共が妊娠したわけである。
なにやってんだ!?
独 立
SMAPとはとんでもなく次元の違う話だが、僕にも独立劇はあったわけで・・・
社員を代表しての会社側との交渉は、何とも情けない「ワシが給料払っとるんゃ!」の社長の暴言で the end となり、僕は退職を決意した。同調してくれていた仲間五人の送別会もやり、僕は律儀にも三か月前に退職を願い出したわけだが、その三か月がなんとも滑稽極まりないものとなってしまった。
当時は営業に従事していた僕に、言い渡されたことは・・・�|甘�得意先への挨拶は行かなくてもよい(替わりの者が担当する) ��電話も出なくてよい・・・で僕は出社してもただ席に座っているだけの、軟禁状態のようになった。
ひたすら僕は読書に明け暮れる会社生活が始まったわけだ。そんな折、ある日の朝とんでもない事態が発生した。事務員が僕のところに来て「お客様です。ちょっと怖そうな人なんです。喫茶店で待ってるからって・・・」
誰なんだろうと不審に思いながら行ってみると、その男から金文字の名刺を差し出された。これで僕は納得した。「分かってるやろうな」彼は上目づかいにそう言った。「連帯保証人、上の二人は逃げておらん・・・あんたが最後や」この会社への紹介者の女社長の仕事が行き詰まり夜逃げしてしまったわけだ。
世間知らずと言うよりも、様々な事情の中で押してしまったハンコであったが、まさかこんな日が来るとは思いもしなかった。僕は「分かりました。明日もう一度此処へ来てもらえますか」相手は一瞬「えっ・・・」という言葉にならない声を発して「あ、あ〜」と言って帰って行った。
会社に引き返し、僕は社長に詳細は言わずに退職金の前借を願い出た。(当然、社長は知っていたわけだが、僕がそこまで絡んでいるとは思わなかったのだろう)
翌日、喫茶店でお金の入った封筒を差し出すと、彼は札の束を確認した。そして「おまえ、ええやっちゃなあ・・・これ・・・」と言って、札束の中から数枚の一万円札を抜き取り僕に差し出した。「ほなな・・・」彼は勝ち誇ったように出て行った。喫茶店のママが訝しげに僕を見ていた。
帰社すると・・・
どれほど謗られようが、悪く思われようが、やり場のなくなった悲しみをぶつけてしまった若い女からの改まった誘いを完全に無視しようとして、できなくなり、謝罪のメールをよこしたのだろう、と思った。それが後藤信彦の愚かなまでの誠実さだった。
ニセアカシアの濡れた木陰に佇んだまま、知沙はその場で返信を打った。
『お返事がなかったので、お忙しいのだろうと思い、今夜、私もあの店には行きませんでした。勝手に決めて約束してしまったりして、こちらこそ申し訳ありません。後藤さんの悲しみが癒え、お元気になられることを心からお祈りしています』
メールの送信ボタンを押した直後、ニセアカシアの葉先にたまった水滴がぽとりと知沙の額に落ち、流れ、涙のように頬を伝った。
「存在の美しい哀しみ」 小池真理子

酷似した・・・
ある日のこと、社長夫人に声をかけられた。もちろん他の社員には分からないようにだが・・・。夜にというわけにもいかないので、勤務中だけど一時間だけ何とかなりそうなので、会社からはちょっと離れた喫茶店で会うことにした。
そのころにはもう僕への疑いの目はなくなっていて、むしろ好意的に受け止められていた。それに探りを入れるというようなものでもなく、奥さんなりの悩みの吐露と受け止めた。「こんなこと誰にも言えるわけじゃないのでね・・・嫌な事聞かせてごめんなさいね・・・」
僕はひたすら聞き役に徹した。23歳の人間にしては、僕には凝縮されたような強烈な体験が刻み込まれていたから、こんな話もすっと受け入れられる何かが僕の中には存在していたようだ。
意見とか忠告とか、そんなものは必要ない。そう思って僕は真剣に奥さんの話を聞いた。心の中では(こんなイイひとを悲しませちゃいけないなぁ・・・)と呟いていた。
「なんか・・・話したら、ちょっと気が楽になったわ。ごめんなさいね、仕事中に・・・」僕は「立場上、どっちがどうというようなことは言えないですけど、事の善悪くらいは分かっているつもりです。僕がこんなこと言うのもなんですが・・・明るく生きてください。きっといい結末がやってきますよ」と言って奥さんと別れた。
ハンドルを握りながら・・・「世の中、教科書通りにかいかないもんだな」とわけの分からない言葉を反芻していた。その年までの僕の教科書と言えるものは、いささか純粋過ぎたものだったのかもしれない。
女性特有の言動に、驚かされ、戸惑い、翻弄される。まるでそんな僕を見て、楽しんでいるかのようにさえ思えてしまう。
「横顔が好き!っちゃね〜」助手席の彼女がそう言う。僕の顔が赤くなる。自分の本当の顔は、自分んでは見られない。鏡に映る自分は、彼女が見る僕ではない。ほとんど準備のできない間に、どんどん彼女との距離が狭まってゆく。
職場での彼女は快活そのものだった。電話の受け答えも事務処理もテキパキとしていて小気味よかった。他の男性社員にも分け隔てなく接していた。でもふたりのとき、その真逆の面を見せられて、僕は戸惑った。超ミニスカートで子供のように無防備だった彼女が、どんどん大人の女性に変化してゆくのを、僕は驚きの眼差しで確認させられた。
彼女は小柄だった。140センチ台ではなかったろうか。同郷の高田みずえ似で涼しい瞳の持ち主だった。彼女の書く字は、躍動するような快活文字だった。左利きを直されて、角々とした字しか書けない僕はちょっと嫌悪した。しかしそんな僕を彼女はむしろ褒めてくれた。「字は性格が現れるんやね〜。」彼女にはどんな風に受け止められていたのだろう。
「いいですよ。次の日曜日でいいのかな?」
「よかった!ありがとう!おねがいします!」ほんとうに快活な娘だ。
「ところで・・・なんだけど・・・」なにか言いにくそうな雰囲気だ。
「実は、社宅と言っても社長の自宅兼ショールームの建物の一部屋に住まわせてもらってるわけよね。・・・で、最近夫婦間の口論が絶えないわけ・・・」
「・・・で、わたなべさんは知ってると思うんだけど、社長とあなたを紹介した人は、実は高校時代の同級生で・・・ん〜ん、はっきり言えば、不倫関係にあるわけ」
「えっ、そうなんや・・・知らなかったと言うべきか、聞かされてないよと言うべきか・・・言われてみれば、なんか風当たりがキツイようにも感じるなぁ〜、でも僕にはどうでおいいことだけどね」
「ところがそうもいかないのよね。スパイみたいに思われてるから・・・もう一人、むこうの課のMさん(女性)もそうなのよ。」
「わたしはね、わたなべさんのこと真面目ないい人だって言ってるんだけどね。喧嘩の渦の中で暮らすのはもう限界なのよね、分かってもらえるでしょ?」
「わかったけど、でも・・・秘密裏にってわけにはいかないだろう?」
「大丈夫!奥さんには私からちゃんと言っておくから」
次の日曜日、半日で引っ越しは終わり、帰るつもりでいたら「お礼に、ちょっとご馳走ってほどのものはできないけど、急いで作るから食べていって!」九州の女性は概してこうなのかな・・・すっかり彼女ペースだ。すると隣の部屋の女性が顔を出して、「こんにちは〜!はい、これ・・・頼まれてたやつ」と言ってなにやらを一皿持ってきた。そして僕の方をチラッと見て、「言ってた通りの人ね。」と僕にも聞こえるように話して部屋を出て行った。
夕方ちかくになって、小さなテーブルに向い合せに座ってビールで乾杯した。短時間で作ったにしては、かなりの腕前の料理で僕は半分ビックリ状態だった。「大したことしてないのになんだか申し訳ないね」と言うと、彼女は「ううん、こういう場面が夢だったの、わたしはとっても嬉しい!さあもっと飲んで!」
ほろ酔いになったころ、彼女がすっと立ち上がって、蛍光灯の紐を引っ張った。とても自然な動きに思えた。薄暗い部屋の中で、僕は立ったままの彼女に上から見つめられる感じになった。こどもっぽいイメージの彼女から大人びた雰囲気の女性に変わって感じられて、僕の女性恐怖症はどこかへ消え失せてしまったように思えた。
腕の中の彼女が呟いた。「来月の23日が私の誕生日なの。その日、外で祝ってくれる?約束ね!」そう言って彼女は勢いよく立ち上がり電気を点けた。