精一杯、一生懸命……
その姿、有り様は、たしかに今のあなたの最高、最善の姿でしょう。
でも、然るべき人から見れば、拙くまどろっこしく映ることでしょう。
【きはまりて 悲しき時に あらざれば 真の信は おこらざりけり】
その程度、段階の人に鉄槌を食らわしても、期待する程の反応はないでしょう。
我々が思う彼らの幸せは、彼らにとっては当たり前のことなのですから。
罰とも罪とも因果とも思えないことでしよう。
だからといって、強制的に苦境をもたらすのにも無理があります。
自然の摂理に基づいた現実でなければ、心の極まりは生まれようがありません。
人は心のどこかで思っているはずです……
「今日、こうして在るのは、己の力だ」……と。

🎶Let's take it easy.
気楽に行こうぜ!
悩むことなんてないさ
気楽に行こう
川向こうの もうひとりの自分が
そう歌いながら 手を振っている
言われてみれば 知らぬ間に
俯き歩き彷徨っていたな
フランスの若者のようなパワーは
日本には無いな
それが良いことか 悪いことか
僕には判別しかねる
諦観なのか 達観なのか それとも 未熟なのか
僕は(中二階)に興味を持っている。玄関とトイレの近くですぐ階段があり、
ガレージの上で、二階への階段の五段目くらいに入り口があって、陽当たりが良く、
テーブルのような長机を窓の側に設え、足元は掘炬燵のようにして、リクライニング
の背もたれを使う。背面には床から天井までの可動式本棚を設け、レールも付ける。
入り口の反対側にはクローゼットを設け、際下段には布団を引き出せるような仕組にする。
僕はラジオ派だから、音響には拘りたい。両サイドにはスピーカーを程よくセットする。
これが僕のマイルームプランだ。郊外の山小屋風なら申し分ないのだが。

僕ごとき人間に
人生の醍醐味を語る資格なぞ、これっぽっちもありませんが、
しかし、それぞれのひとにそれぞれの歴史あり……で、
それぞれに懐かしみや悲しみや喜びの積み重ねがあるわけで……。
僕が思うのは……
町の一隅のあばら家で、慎ましく健気に生きる女性とか、
橋の下に段ボールで囲って生きている男性とか、
そんな人達を思うと、逆に励まされまた叱咤激励を受けるのです。
おまえは本真剣に生きているのか!
おまえはまだ何もやりきっていないのではないか!
そんな声が聞こえてくるのです。
物事や人様との比較の中に己を見いだすのではなく、
自分は自分として精一杯生きてやれ!
そんな叫びが聞こえてくるのです。


「復讐するは……」
当然分かってはおりますが、燃え盛る炎は、そうそう容易くは消せないものです。
自己弁護にも程がありますが、我慢にも限度があり、双方の対立、葛藤は相当な
ものです。
もちろん「……我にあり」のソレは重々理解しているつもりです。
それにしても、検察官を立てずに、自らがその立場になるというのは、相当な覚悟が
必要です。
「四面楚歌」~敵もさるもの、あの手この手で仕掛けてきます。
「忠臣蔵」ではありませんが、しばし山科に籠るのも一案でしょう。
もっと冷厳に受け止めれば……
まだまだ自分は試されているのかもしれません。
それを踏まえて……「沈思黙考」