人の心を奪うということは、罪深いことだ。
己にとっては嬉しいことでも、誰かさんにとっては、
憎しみや悲しみの種になるのだから。
勿論、逆恨みもある。誤解もある。
それらの様々な渦に巻き込まれて、
溺れて、踠いて、沈んで、そしてしぶとく浮かび上がって……。
今日こうして何食わぬ顔で生きている。
心の襞に染み込んだ~返り血とも言うべき代物は、
拭い去ろうとしても根絶は出来やしない。
幸か不幸か、あちらの側になった経験は皆無だが、
一歩間違えば、事件に巻き込まれかねない。
自分のソレは〖ままごと〗のようなものだ。
助け舟に入って体験した、きわどいストーリーだ。
狂人に刃物は付き物だが、目に見えない心の刃は防ぎ用が無い。
場面を換え、方法を練りに練られて喰らった一撃は、
大袈裟ではなくて、僕を社会的に半殺しにした。

批判を覚悟で言ってみれば
〈アホの長生き 娑婆塞ぎ〉
痴呆の人がこれだけ蔓延してくると
老々介護どころか、孫が祖父母の介護をするという話も多々聞くわけで
もちろんそれぞれの立場としての責任や良心は理解できる
美談として耳に入ることも珍しくない
それなりの施設に預けられる家庭は幸せの部類だろう
問題はそれが出来ない環境にある家庭だ
いよいよ極まって、事件となる例も珍しくない
これは僕なりの空想(妄想)だが……
いつか此処で書いた〈象〉のように
死期を悟ったら……独り静かに群れ(家庭)を離れる存在でありたい
ところが人間様には、それが赦されない……悲しいかな
アフリカのサバンナで生きてるわけじゃないんだから
植村直己氏的なのも良し(彼は死にに行ったわけではないが)
いずれにしてもボケてしまってからでは、それも夢のまた夢というわけだ
皮肉ではなくて〈アホの長生き 娑婆塞ぎ〉になってしまう
その反面、幼子のように可愛らしくなって逝ったおばあちゃんも知っている
死に方の手本のような人だった
死は誰にでも必ずやってくる
「私は誰? あなたは誰?」とならないような現実を生きなくてはならない
〖臨終のことを前に習ひて 後に他事を学ぶべし〗