人生の浮き沈みは、世の常ではあるが、
特に、沈みの場合…晩年に訪れると辛いものがある。
しかしまた、考えようによっては、
あの世に持ち越す罪の方の重りを軽くして、
少しでも功の方を多くして、
またこの娑婆に生まれ来た時に、その続きを歩む。
これは壮大なロマンじゃないか!?
「また、世捨て人みたいなこと言ってやがる」
と言われそうだが、大真面目で、そう考えている。
罪は容易く作る(犯す)。
功はしっかり意識しなくては成し得ない。
これで終わり、此処で行き止まり、お先真っ暗、と思わないことだ。
明日がある、未来がある、来世がある、と信じるべきだ。
歌の文句じゃないけれど、この人生の並木道、
しっかり腕を振って歩いて行こう。
あっけらかんと居直ってやれ。
ばか正直の帆をあげて、大海原を突き進め。
変化が生じている
僕は動いていないのだから、
周りが動いているということなのだろう
突拍子もなく、(天動説)(地動説)を連想する
ちょっとズレているか?…と独り苦笑する
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老人と言われる年代層の真っ只中にいて
その域内での(若い)(年寄)を考えさせられる
自己顕示を差し引いても、逆転現象を意識する時がある
生い立ち、環境、経験……原因はいろいろあるだろう
言葉はおかしいが…(若々しい老人)でいたい
(少年のような…)と言わないところがご愛嬌(笑)
人様がどう言おうと、永遠の【夢追い人】でありたい
♪街のどこかに 淋しがりやが一人
今にも泣きそうに ギターを弾いている
愛を失くして
何かを求めて 彷徨う
似た者同士なのね
そっとしときよ 夜は寂しく長い
一人で夜明けまで
ギターを弾こうよ
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♪港の雨に濡れてる夜は
思い出すんだ白い顔
二人で歩いた あの坂道も
霧に霞んで哭いている
浮いて流れる あの歌は
君と歌った 西海ブルース
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歌は世につれ 世は歌につれ
というけれど、、、
歌詞が思い浮かび、メロディーを口ずさめば
まさに(あの頃)(あの時)がよみがえる
もう老人と言われる年代の歌手が、青春時代に歌った歌を、
今も歌い続けている所以なのだろう。
歌詞に、メロディーに、想い出を重ね余韻に浸る。
そうです、あの頃たしかに、僕は生きていた。