僕はそうは思わないけど、あたかも<政治がすべて>と思っている人は多いよね。
でも、いつの時代の人だって、たまたまその時代に生まれてきたというだけで
自分が時代を選べるというわけにはいかないんだよ。
この世の辛苦、あるいはこの世の栄華は、生まれ持ったものであって、
言葉を換えれば、自らの魂の過去世の因果の表象であるわけで・・・。
さあ、そこでだ・・・この世で己如何にあるべきか!の到達点は、自分が見つける
しかないんだよ。
なにも期待していないときこそ、思いがけず他人から注がれる優しさや、小さな思
いやりが<旱天の慈雨>として感じられるのだ。そこにおのずとわきあがってくる
感情こそ本当の感謝というものだろう。親切に慣れてしまえば感謝の気持ちも自然
と消えてゆく。だから慣れないことが大切だ。いつもなにも期待しない最初の地点
に立ちもどりつつ生きるしかない。
五木寛之「大河の一滴」
英会話教室の周辺がざわついていた。あのフォーククルセダーズの「北山修」が来ているということだった。僕たちの教室は七人授業だったが、彼は個人授業のようだった。後から思えば、府立医大は教室に近かったからだろう。ステッファニー先生の旦那はロックバンドで、しかもアンダーグラウンド的だったから、先生もさほど興味はないという雰囲気だった。
その北山氏が、後々スターダムにのしあがる存在になるとは、当時の誰が想像し得ただろう。やはり北山修と言えば、あの作詞能力だな。僕が一番好きなのは、「白い色は恋人の色」…
♪夕やけの赤い色は想い出の色
涙でゆれていた想い出の色
ふるさとのあの人の
あの人のうるんでいた瞳にうつる
夕やけの赤い色は 想い出の色
想い出の色 想い出の色
あなたがとても疲れて
自分を卑小だと感じている時
涙が両目からあふれる時
私がすべて拭い去ろうと思う
あなたの人生が波乱に満ちて
友達がひとりもいない時も
私はあなたの味方だ
荒れ狂う流れの上にかかる橋のように
私は私をあなたの人生に差し出そう
荒れ狂う河に耐える橋のように
私はきっとあきらめない
あなたが落ち込んで道を外れ
人生の波乱にやられて失業し
これから夜を迎えねばならない時間がしんどい時
私があなたを慰めようと思っている
闇が襲ってきて、あなたの全身を痛みが襲う時
私があなたの一部になろう
折からの波で水面が激しく揺れているその上にかかる橋のように
私は自分を捧げだそう
洪水に耐える橋のように
私はあきらめずにい続ける
出航の時だ
あなたの時間が輝くのだ
あなたの夢が叶っていく
あなたの夢に満ちた時間が輝くのをごらん
もしあなたが友を必要とするなら
私がすぐ後ろを航行しているから大丈夫だ
洪水に耐える橋のように
私があなたの心配を和らげたい
大波にやられてもなお揺るがない橋のように
私があなたの悩みをなくしたい
二十歳の夏の日曜日、僕は彼女から映画に誘われた。
その映画は、ダスティン ホフマン主演の「卒業」だった。
映画館へ行くのは超久しぶりで、子供みたいにわくわくしたのを覚えている。
題名は聞かされていたわけではなくて、映画館に入るときにポスターで知った。
内容は、二人にとっても刺激的なものだったが、僕はS&Gの音楽に魅了され
た。(サウンド オブ サイレンス)(スカロボローフェア)(ミセス ロビンソ
ン)後々まで、これらの曲を聴けば、映画のシーンが蘇るというわけだ。
見終わって、夕暮れ時の湖畔沿いの道を、二人手を繋いでゆっくりと歩いた。
交わす言葉は何もない。指に伝わる感触で、映画の一コマ一コマを思い出している
のが分かった。そしてそれに伴う心の語り掛けさえも・・・。
「結婚」・・・五つ年上の彼女には重いテーマが現実問題としてのしかかって
いたのだ。映画のストーリーほどドラマチックなものでなくても、超鈍感男の僕に
にでも、それぐらいの心の揺れは感じ取ることができた。
僕たち二人は同じ教会の専従職員だった。僕は布教師の卵、彼女は事務職員だっ
た。もちろん先輩の男性もたくさん居たし、彼等からすれば、僕はまだコドモ中の
コドモ。彼等こそが彼女へのアプローチをかけていたというわけだが、なぜか彼女
は拒否反応、対象者は僕というわけだ。
秋を迎えて、久しぶりに教会で会った父が言った。「いい人じゃないか、結婚し
ろ!」「えっ!」どこでどういう接点が生まれていたのか?またしてもこの鈍感男
には理解不能だった。三歳で母親と死別し、兄姉が六人も居ながら、三人が幼くし
て他界。残った兄姉は歳が離れていたし、ひとつ屋根の下で暮らした経験はほとん
どなく、ぽつんと一人っ子みたいに育った母性愛、兄弟愛欠乏症の僕には、彼女の
ようなグイグイと引っ張ってくれるひとが最適と、父は考えていたようだ。どうや
ら彼女は、僕より先に父に僕との結婚を申し込んだようだ。
徒手空拳、何の地位も金もない僕に、何ができると言うのだ?人生の荒波の序曲
はここから始まったと言っても過言ではない。