二十歳の夏の日曜日、僕は彼女から映画に誘われた。
その映画は、ダスティン ホフマン主演の「卒業」だった。
映画館へ行くのは超久しぶりで、子供みたいにわくわくしたのを覚えている。
題名は聞かされていたわけではなくて、映画館に入るときにポスターで知った。
内容は、二人にとっても刺激的なものだったが、僕はS&Gの音楽に魅了され
た。(サウンド オブ サイレンス)(スカロボローフェア)(ミセス ロビンソ
ン)後々まで、これらの曲を聴けば、映画のシーンが蘇るというわけだ。
見終わって、夕暮れ時の湖畔沿いの道を、二人手を繋いでゆっくりと歩いた。
交わす言葉は何もない。指に伝わる感触で、映画の一コマ一コマを思い出している
のが分かった。そしてそれに伴う心の語り掛けさえも・・・。
「結婚」・・・五つ年上の彼女には重いテーマが現実問題としてのしかかって
いたのだ。映画のストーリーほどドラマチックなものでなくても、超鈍感男の僕に
にでも、それぐらいの心の揺れは感じ取ることができた。
僕たち二人は同じ教会の専従職員だった。僕は布教師の卵、彼女は事務職員だっ
た。もちろん先輩の男性もたくさん居たし、彼等からすれば、僕はまだコドモ中の
コドモ。彼等こそが彼女へのアプローチをかけていたというわけだが、なぜか彼女
は拒否反応、対象者は僕というわけだ。
秋を迎えて、久しぶりに教会で会った父が言った。「いい人じゃないか、結婚し
ろ!」「えっ!」どこでどういう接点が生まれていたのか?またしてもこの鈍感男
には理解不能だった。三歳で母親と死別し、兄姉が六人も居ながら、三人が幼くし
て他界。残った兄姉は歳が離れていたし、ひとつ屋根の下で暮らした経験はほとん
どなく、ぽつんと一人っ子みたいに育った母性愛、兄弟愛欠乏症の僕には、彼女の
ようなグイグイと引っ張ってくれるひとが最適と、父は考えていたようだ。どうや
ら彼女は、僕より先に父に僕との結婚を申し込んだようだ。
徒手空拳、何の地位も金もない僕に、何ができると言うのだ?人生の荒波の序曲
はここから始まったと言っても過言ではない。
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