あなたが唇の前で
人差し指をchu chu chu と
左右に振る
「それはダメ!」
僕はやり直す
二度、三度…
ついに貴女はぼくの唇に
人差し指を押し当てて
そして直近で「こうなのよ」とばかりに
アール(r)の発音をしてみせた
もう一人の自分が叫ぶ
「わ−!」
そのもう一人の自分が冷たい目で
見つめている
「俺はさあ……」って
日頃使わない一人称で呟く
これは弾ける前の兆しなんだよな
第三者は
それを心の病と定義付ける
君は忘れてしまったのか
忘れようとしているのか
どっちにしたって
声の届かないこの現実に
僕は立ち尽くしている
発信源であるべきその場所に
僕の足は進まない
いや・・・進めない
防音壁の中での独り言のように
発したい言葉たちが灰色の壁の中に吸い込まれてゆく
何をしたって無意味さ・・・とでも言うように
♪あぁ、あれは春だったね・・・の旋律に乗せて
僕の想いが風に運び去られてゆく
遠い、遠い世界へ
縁なき人は、必然的に離れゆく
縁ある人は、時を要しても繋が
るべくして繋がる
知己とはそういう存在だ
知己に巡り逢えることは
人生最大の悦びだ
・・・母は四つの僕を残して世を去った。
若く美しい母だったそうです。・・・
母よ
僕は尋ねる
耳の奥に残るあなたの声を
あなたが世に在られた最後の日
幼い僕を呼ばれたであろう最後の声を
三半規管よ
耳の奥に住む巻貝よ
母のいまはのその声を返へせ
堀口大学
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堀口大学は四歳か
僕は三歳
父は無言でこの詩集を
僕に手渡した