♪疲れ果てている事は
誰にも隠せはしないだらう
ところが俺らは何の為に
こんなに疲れてしまったのか
今日という日が
そんなにも大きな
一日とは思わないが
それでもやっぱり考えてしまう
あゝこのけだるさは何だ
いつかはどこかは落ち着こうと
心の置場を捜すだけ
たどり着いたらいつも雨降り
そんな事のくり返し
やっとこれで俺らの旅も
終わったのかた思ったら
いつものことではあるけれど
あゝここもやっぱりどしゃ降りさ
心の中で傘をさして
裸足で歩いている自分が見える
人の言葉が
右の耳から左の耳へと通りすぎる
それ程頭の中はからっぽになっちまってる
今日は何故か穏やかで
知らん顔してる自分が見える

ひ と り
意識の奥で
ボウーと重なりあう
いくつもの停車場
六十五歳という停車場で
私の父が行き 義父が去りました
そのずっと向う側
私が一人佇んでいます
歳月という列車は ほの白く
行く先は不明
月明かりに煙る列車の中には
何もありません
いつの頃からか
私の心も行方不明なのです
スウーと擦れ違う光の中に
主人と子供の影が
浮かんでは どこまでも遠ざかり
微かに 自己不信が漂うのてす
すべての人と 私を隔てるものは
成長しきれない感傷と
自己愛でしょうか
心の叫びは
いつも他人の心に届かないまま
亡くなった人の様に
闇の中に呑まれていきます
四十をすぎて
なくした自信と 心の疲れは
一瞬のうちに
微かな呼吸にも蓋をして
生きる支えを私ごと
闇に捨て去られた様に思うのです
遠い意識の向う側
音も立てず
列車が闇に向かいます
石見の詩人【栗田好子】
※栗田さんは、高校三年生のときの同級生
はるか四十数年を経て、還暦同窓会で再会した。
後日、送られてきたのがこの詩集だった。
