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「さすがにすごいなあ、ええなあ」桃子は思った。
その、ええなあと思う女優が、先をちょんと切った軍手の両手でお金を乞うている。
家の中へ入ることを拒むので、桃子は懐の奥にしまっていたなけなしの五千円札を出した。それは雪だるまの絵をすかしにした懐紙に四つに畳んで丁寧にくるみ、懐の奥にいつも持っているお守りのような五千円札、樋口一葉さんの肖像が描かれている五千円札である。
彼女はそれを見るとサッとひったくり、片手拝みをしながら片手で懐の中に懐紙ごと入れ、見かけによらず速足で消えていった。
さよなら さよなら
元気でいてね
桃子は戸を閉め、つっかいをし、仕事を続けてきた北窓の見える机に座った。
手元の小さい火鉢の中の炭火が、線香花火のようにチラチラと花火を立てている。この贅沢な備長炭もいただきものであるが、もうこれでおしまい。桃子は八百ワットの電気ストーブでこの冬場の寒い時期を過ごさねばならなかった。
桃子が彼女の訃報を聞いたのは、翌々日であった。正確には桃子を訪れた翌日の夜明けに亡くなったようである。それはちょうど家の前の笛の沢の池が雪をどんどん吸い込み、ヒューヒューと笛のような音をたてているころであった。
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ひらのりょうこ
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泣きながらがまんして壊れなかった心を開いて、
元気出して春の歌を歌うあなた。
貴女の一歩が始まりました。
あなたと一緒に、わたしたちの一歩が始まりました。
あなたも空を見上げてください。
わたしたちも明日、空を見上げます。
あなたとつながる空を、一緒に見たいのです。
空のすきまからほんとうの明かりと光が輝く明日、
あなたと一緒につかみたいのです。
あなたのがまん強い底力に、
わたしたちの心と言葉を寄せて、
ほんとうの希望につなげたいのです。
一緒に生きていきたいのです、あなたと。
『・・・御義口伝に云く四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり』
宝塔は、四つの面を持っていた。それは生老病死という免れ得ない人間苦であった。この四つの最大の苦悩によって、宝塔はさらに荘厳されていくという意味である。私は、妙なご託を並べているのではない。ここで鼻白む人は、生涯、箸にも棒にもかからぬ文章、あるいは小説を書いていればいい。だが、四相を以て我等が一身の塔を荘厳することに勇気と歓びを得れば、そして、我々一人ひとりの生命が、途方もない巨大な宝塔であることを認識すれば、石ころも枯れた花も犬の毛一本をも縁にして、文学は無限のドラマを創造し、人間の幸福のために動きだすだろう。
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宮本 輝