文化とかいて、それに、ハニカミというルビを振ること、大賛成。私は、優、という
字を考えます。これは(すぐれる)という字で、優、良、可、なんていうし、優勝なんて
いうけど、でも、もう一つ読み方があるでしょう?(やさしい)とも読みます。そうして
この字をよく見ると、人偏に、(うれうる)と書いています。人を憂える、ひとの淋しさ
侘しさ、つらさに敏感なこと、これが優しさであり、また人間として一番優れている事
じゃないかしら、そうして、そんなやさしい人の表情は、いつでも含羞(はにかみ)で
あります。私は含羞で、われとわが身を食っています。酒でも飲まなきゃ、ものも言え
ません。そんなところに『文化』の本質があると私は思います。『文化』が、もしそれ
だとしたら、それは弱くて、敗けるものです。それでよいと思います。私は自身を
『滅亡の民』だと思っています。まけてほろびて、その呟きが、私たちの文学じゃない
のかしらん。文学は、いつでも『平家物語』だと思います。わが身の出世なんて考える
やつは、ばかですねえ。おちぶれるだけじゃないてすか。
【太宰 治】(河守好蔵氏への私信)

私が最も憎悪するもの……
それは【偽善】
我らの生活は
自給自足の
アナキズム風の桃源である
十歳の民主派、二十歳の共産派、三十才の純粋派、四十歳の保守派。
そうして、やはり歴史は繰り返すのだろうか。私は、歴史は繰り返しては
ならぬものだと思っている。
【太宰 治】
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※自給自足的生き方でいいんじゃないのかい?
ブラジルのアマゾンの奥深い原住民のように……
チベットの草原に生きる遊牧民のように……
アフリカの裸族のように……

社長はひとりで彼の目標を追及して、社員たちの生涯を安定せしめるほどの
仕事の意義を与えてはくれなかった。社長の重大な欠点はここにあった。
「人生画呫」【石川達三】
※器と言ってしまえばそれまでのことだが、まさしく僕の勤め人時代の社長は
そういう人だった。金の盲者と言い替えられる。辞めて行く社員に「代わりは
いくらでもいる…と言って憚らなかった。事実そういう時代でもあったのだが。
僕に言わせれば、器の小さい金の亡者だったのだ。
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人間は聡明で善良であればあるほど、他人の良さを認める。
だが愚かで意地悪であればあるほど、他人の欠点を探す。
【トルストイ】

花といえは、あでやかな大輪よりも、ひっそりと野に咲く可憐な花
それが主人の好みでございました。
なかでも、りんどうは、その青紫の花弁の初々しさと、清楚なたたずまいを、
ことのほか愛でていたようでございます。
瀟洒な文庫本に、りんどうの花、主人も、きっと、気に入ってくれることと存じます。
【吉川文子】(吉川英治の妻)
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吉川英治と言えば、「宮本武蔵」と繋がるが、「真説 宮本武蔵」や、
漫画「バガボンド」を比較すると、圧倒的に吉川氏の方が面白い。
ひとの心の惹き付け度が圧倒的である。言葉を変えれば、小説か
ドキュメンタリー的か漫画か……という話である。それはあたかも
映画やドラマの主人公に魅せられるか、演じた役者のプライバシーに迫るか
角度を変えてアニメ風に見るか……の違いのようなものだ。
そう考えれば、政治も似たようなものだ。表には決して出ない真実と、
脚色されて暴かれるのと、風刺漫画の対象となるのと、似ているではないか。
「言葉は影であると同時に、実体でもある。」
【中島 敦】
「言葉は陽炎であり、肉である」
「傑作か駄作は分からないが、人生は作品だ」
【開高 健】
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さて、僕は何をやっているのでしょう?
徒労、無益、無駄……
言葉の海に溺れかけているのでしようか?
それでなくても金槌で泳げないのに……
究極の趣味は【石】だと言われます。
堅固で、腐らないし、膿も汗も滲まない。
いつもそこに同じ質と光沢をおびている。
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石
雨に濡れて。
独り。
石がいる。
億年を蔵して。
にぶいひかりの。
もやのなかに。
【草野心平】
※実家の玄関を入ってすぐの壁に、この詩の額が
掲げられていた。国語教師、そして書道家らしい父独特の
創作文字で。その中に言葉と文字の一体化を感じた僕だった。
イメージは火花のようであり、とつぜんの風でひらく窓のようであり、
じわじわとにじみひろがるインクのようでもある。その群れを私は
流れるものは流れさせ、はびこるものははびこらせる。消えるか。のこるか。
いつか再生するか。苛酷な生の流れの少しはなれたところに体をおいてその
動静に眺め入る時間が貴重である。たいへん好きだ。
これらの群れは、いつも何か説明しにくい力である。たとえそれが、
たそがれの町角にのこる口笛の一節でも、新聞の三面記事の六行でも、
一帝国の興亡でも、私をとらえてはなさない力であることに変わりはない。
だから私はライオンの真似をすればライオンの爪や牙からのがれられると
思いこんでいた原始人に似ているのではないか。身ぶりをして憑きを
おとそうとして小説を書くのである。
【開高 健】

【怒る】 【叱る】
感情的に 理性的に
自分のために 相手のために
過去に焦点をあて 未来を見据えて
怒りと勢いで 愛と勇気で
自分の言いたいように 相手に伝わるように
感情にまかせて 試行錯誤しながら
相手を批判するように 相手を認めながら
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この問題は、身近な環境の中で切実さを増している。
スポーツの世界でも表面化しているように、今やあらゆる分野での難題と言える。
情熱とか必死さとかいう言葉で……己の言動を正当化しようとする。
もちろん、100か0かという思いではないが、強烈過ぎる信念に基づくソレは、
如何ともし難い。世の各分野の指導者様方、もうちょっとフレキシブルになって下さい。
対象者側に対して、妥協とか歩み寄りを求めているのではなくて、その対峙方法を
お考え下さいと言っているのであって、単純な一方通行ではダメですよと言っている
のです。それを迎合だとか、随対意だとか言ってしまえば、その時点で指導者失格です。