誰もが、精神や思想の法則を求めていたし、それらを求めること自体が知的な行為と
見なされていた。曖昧な情に流されることやヒューマニズムに従うことは、軽蔑の
対象になった。建設よりも破壊、具象よりも抽象…だった。
そのくせ、多くの人間が、幼いロマンティシズムと通俗的な世界観を捨てられずにいた。
そして、その落差、自己矛盾に対して、生真面目に苦しんだ。
【小池真理子】「望みは何と訊かれたら」
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この小説の題材や状況と全く同時期に僕は生きていた。しかも、事の中身の違いこそ
あれ、類似した事柄(事件)の当事者であったわけだ。そして又、事の進行も類似して
いる。警察の扱う事件性とは違った、心的事件と言おうか、当時のの時代背景も相まって
一歩間違えば新聞沙汰にもなりかねない立場に、僕は置かれていたのだ。
○「地球は青かった」 ガガーリン
○「宇宙では、地球は小さく、非常に孤独に見えた」 ニール.アームストロング
○「国境線は見えなかった」 毛利 衛
○「宇宙から地球を見ると、すべてが繋がっていると感じる」 エドガー.ミッチェル
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宇宙から見れば、地球上のあちこちの戦争も、視覚的には蟻たちや虫たちの陣地争い
のように感じるのではないか?
よく「逆転の発想」と言うけれど、
「世界のそれぞれの為政者たちよ、一度宇宙から地球をご覧あれ!」と言いたい。
そこはもはや【神の領域】か?
その時初めて、私は自分でも説明のつかない、何か不可思議な心の粟立ちを感じた。
それはかすかな、それとはわからないほどかすかな嫉妬であり、悲しみであり、
空しさだった。慣れているはずの感情には違いなかった。私はいつも、人生に生じる
幾多のささやかなドラマの中心人物にはなれない人間だった。よくても端役、悪ければ
黒子にすぎず、ドラマは私がいてもいなくても、滞りなく進んで終焉を迎えた。
「欲望」【小池真理子】
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まるで自分のことを言い当てられているような文章に出くわす。
芝居で言えば端役や黒子でも、僕にとっては、そこが居心地が良かったのだ。
歌で言えば、バックコーラス。旋律で言えばアルト…そんな感じ。
居直り的に考える時がある。主役も脇役あっての主役なのだ。
一人芝居でもないかぎり…。
目の前の出来事を軽く見てはいけない。今の一言、今の判断、今の沈黙、今の不誠実は
その瞬間だけで終わらない。誰かの心に残り、次の行動を生み、次の時代の空気を作る。
戦争も、差別も、宗教対立も、政治的な憎悪も、突然生まれるのではなく、小さな記憶の
積み重ねが、ある時に神話化され、正義化され、怪物のようになって現れる。
目の前の出来事の中に、未来の歴史の種がある。だから今、どう行動するか、それを
どう語るか、どう受け止めるか、人間の責任はそこにある。愚かな選択による自業自得は
本人や為政者の勝手だが、それが歴史となる時、多くの人を最悪の負の連鎖に追い込む。
【長松清潤】