コロナ禍理由は勿論だが、それ以前からほとんどと言っていいくらい 外へ飲みに出ると言うことは極めてまれになっていた。 若かりし頃のこんな場面が懐かしい・・・ 過去のブログ
この記事を書いた時、僕も苦い思い出が甦った。あれは小学校入学前だったろうか? 果物屋さんのミカン一個のできごとだった・・・ 過去のブログ 父には連絡があっただろうに・・・父からは一言の咎めも無かった。 逆にそれが胸を締め付けた・・・
いかに苦痛な人生であろうとも、この世に「生」を与えられた というほどの恩恵は、この地上にはない。そしてこれを自覚し、 自覚させるのが、宗教の使命といってよい。 森 信三
母の日に・・・ 過去のブログを振り返ってみた。
私は休火山か それとも活火山か 少なくとも死火山ではない 心の奥底のマグマが 沸々と燃え滾っている 幽かな抜け穴は見当たらない 数ミリでも亀裂を確認すれば 鋭い感覚で抜け出てみせるものを・・・ 何に対して怒り 燃えているのか 対外ではなく 己自身への憤懣なのか それさえも自覚できない 外気に触れることなく 心内で膨張しきった時 私は存在し得るのだろうか
高すぎない目標をきめて 必ず実行する。 ここに「必ず」とは、 唯の一度も例外を作らぬ… という心構えをいうのである。 森 信三
僕は 常に 誰かにとっての 目の上のたん瘤 という存在で いいと思っているのです いや むしろ そうあり続けたいと 思っているのです 煙たい存在 目障りな存在 それが無ければ 暴走を生み出しかねません そう思いませんか?
知ってても 知らんふりしてるんだ それがいちばん恰好いい
自信満々と自信過剰は紙一重 貴方が 貴女が 貴男が どれだけ自分を客観視できるのか? 要は・・・ 己の中の平衡感覚の問題だね 人目を気にしたものでもなく 自己弁護のためでもなく 冷徹なる自己の客観視 これだ!
亡き父が喜寿の記念に作った俳句集がある。 その中に、息子(次男坊)が描いた絵が載せられている。 句集の題名は「秋 耕」 二人いる秋耕すでに暮れんとす
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