「文化と書いて、それに文化(ハニカミ)というルビを振る事、大賛成。私は、優、という字を考えます。これは優(すぐ)れるという字で、優、良、可なんていうし、優勝なんていうけど、でも、もう一つ読み方があるでしょう?優(やさ)しい、とも読みます。そうして、この字をよく見ると、人偏に、憂うると書いています。人を憂える、人の淋しさ侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れている事じゃないかしら。そうして、そんなやさしい人の表情は、いつでも含羞(はにかみ)であります。私は含羞で、われとわが身を食っています。酒でも飲まなきゃ、ものも言えません。そんなところに『文化』の本質があると私は思います。『文化』が、もしそれだとしたら、それは弱くて、敗けるものです。それでよいと思います。私は自身を、『滅亡の民』だと思っています。まけてほろびて、その呟きが、私たちの文学じゃないのかしらん。どうして人は、自分を『滅亡』だと言い切れないのかしらん。文学は、いつでも『平家物語』だと思います。わが身の出世なんて考えるやつは、馬鹿ですねえ。おちぶれるだけじゃないですか」
河盛好蔵(太宰 治からの私信)
「きみの夢を見たんだ」
『どんな夢?』
僕は、はぐらかす意味ではなくて、その問いには答えなかった。
『ねぇ〜、どんな夢?』
再度せがまれたが、やはり僕は黙っていた。
「願望なのかなぁ?」
僕は、独り言のように呟いた。
何かを期待してたのか、的はずれと思ったのか、
それ以上、彼女が問いかけることはなかった。
僕はただ・・・
夢の中身を言葉にしてしまうと、すべてが消えてしまうような気がしていた。