年齢とともに人との接点が減少し始めていることに気付く。
そのことに反比例して、非現実的な世界への没入が日常化する。
読書や空想(妄想)やアプリ将棋や音楽や…
小説の中の類似体験が想像力を掻き立てる。
文中の登場人物を自分や知人の名前に置き換えるだけで
そのまま作品として成り立つことに、ちょっとした驚きを覚える。
小説の題材というのは、そこら中に転がっているんだなと、ひとり納得する。
様々な別離が生み出す様々な悲喜劇、事件、別離、、、
非日常を生み出したりネット社会の繋がりが日常化してしまった時、
バッサリと瞬時に全てを遮断する。
日本刀で藁人形の首を跳ばすように。
音の消えた静寂とは異質の静けさが我が身を包み込む。
これまでのネット上でのやりとりが、滑稽にさえ思える。
騙し騙されのくだらない説話が、いとも簡単に空中分解する。
なりすましや乗っ取りや誇張や搾取や…ありとあらゆる欺瞞が
くだらない垢かゴミのように消え去って行く。同時に、
踊り踊らされた己の化身が、人形のようにゴミ箱に投げ捨てられる。
再生と言うのはおこがましい。反省というのも情けない。
取り戻した自分を、もう一度見つめ直す。