背景の記憶(322)

 リリーフランキーの「東京タワー〜オカンとボクと時々オトン〜」を見直した。

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 母の葬式の時、満三歳に成ったばかりの僕を抱きあげて、父は棺桶の中の母を

見せた。意図的に・・・。「母親の想い出が何も無かったら可哀想すぎるやろう」

との思いで。その作戦?は見事なまでに成功?して、僕の脳裏にはその場面が

鮮やかにインプットされたのだった。映画の1シーンのように部屋の間取りや坐棺

の位置さえまで蘇る。大きくなったもう一人の僕が、その背後からカメラのシャッ

ターを押すかのように・・・。

父の目論んだ「三つ子の魂百まで」の本意からは少々外れているかも知れないが、

ことの結果は抜群の効果をもたらした。家なき子ならぬ本当の意味での母なき子に

ならなくて済んだのだから。僕が未来の世捨て人的人間に成ったのは、この瞬間が

あってのことだ。叔父が成人した僕に言い放った「おまえは世捨て人みたいな奴だ

な」の言葉は僕にとっては最大の誉め言葉なんだ。だって、僕はいつだって母と共

にいられるのだから・・・。



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posted by わたなべあきお | comments (0) | trackbacks (0)

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