アナウンサー
今思えばの話。小学生の時、僕の未来は見えていた。僕の通っていた小学校が
当時、視聴覚教育のモデル校となり、真新しい放送設備が完備された。そして
放送部なるものが出来て、僕は技術部門ではなく、アナウンサーに選抜された。
皆が給食を食べている時、「みなさん、こんにちは!今日は○○の話題をお届け
します。」とやっていた。
担任の先生の推薦であったそうだが、同学年の生徒が500人以上もいる
団塊世代、その中での選抜は今でも不思議に思っている。これまた学校の推薦
もあって、NHK松江放送局で色々と放送のイロハを教えてもらった。あれは
夏休みであったろうか、放送教育の全国大会なる催しがあって、全国から沢山
の先生方が来られた。僕は女の同級生と一緒にバスに乗り込み、出雲地方の
名所の案内役を任された。バスガイドさんが優しい眼差しをくれたことを、
今でも懐かしく思い出す。この経験を踏まえると、僕の将来はアナウンサー
だったのかもしれない。
中学に入って最初の国語の授業の時、先生からいきなり「ワタナベ、1ページ
目、読んでみろ!」と言われて、草野心平の詩を大きな声で読んだ。「瑞々しい
けやきの若葉を透いた光が・・・」先生は瞑目して聞いていた。しばらくして
「うん!<間>がいいな・・・その<間>がいい」と独り言のように呟いた。
僕はアナウンスの経験が生きているなと思った。誇らしくもあった。ニュース
を読む時と同様、目は二、三行先を読んでいるのだ。
もし、此処を人生の出発点と位置付けるほどの立志があったなら、僕は間違いな
くNHKかどこかのアナウンサーに成っていたであろう。
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