そこに建物としての「家」は存在したが、肝腎の「家庭」がなかった。
母親の存在が家族から欠落するということは、この世で太陽が失くなることに等しい。
つまり、お母さんは家の太陽というわけだ。
継母には可哀想な言葉かもしれないが、人工太陽では心の闇は照らせないし、心
中の氷は、ちょっとやそっとでは溶かすことはできない。まだ小さかった僕は、思
春期の兄や姉ほどの抵抗感は無かったが、それでも義理の弟が生まれてからと言う
ものは、兄姉に倍して言い知れぬ暗闇を押し付けられた。
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