京都ラブストーリー?

 いつまでにと決めたわけではなかったけれども、先に行ったY君に、早く追いつかなければならないという無言の圧力を感じていた。少しでも現実味を意識するために、僕はタイピスト学院に入ることにした。アパートから近い京都女子大の近くにその学校はあった。事情を話して半年間の短期集中コースに入れてもらった。

 ワープロやパソコンはまだ商品化されていない時代だったから、タイプライターしかなかったのだ。当然のこととはいえ、生徒は僕以外は全員女性だった。40歳くらいの院長先生と、僕よりちょっと年上の助手が院を切り盛りしていた。自宅でも練習できるようにと、TIPPAの商品も買った。カチャ カチャ チ〜ンという響きが心地よかった。

 若さに任せて突き進んできた僕だったが、昼夜を通しての過密スケジュールに負けて、身体が悲鳴を上げてしまった。朝、起き上がることが出来ず、熱も出てきたみたいで、僕は寝袋に潜り込んで、犬のようにただひたすら熱の下るのを待った。しかしその意識も朦朧としてきて、結果、三日三晩が過ぎてしまった。

 気が付けば、身体は大汗をかいて、下着もなにもべちゃべちゃ状態だった。しかしどうやら病の峠は越えたようであった。身体を拭いて着替え終わったころ、玄関ドアをノックする音が聞こえた。ハテ?とドアを開けると、そこにはバイト先の年配男性と傘を貸してくれた例の女性が立っていた。無断欠勤が続くものだから、何かあったのだろうと、事務長さんに住所を聞いて訪ねてきたということだった。

 事情を説明して、明日から行きますと約束した。ドアを閉めかけると、男性が走って戻ってきて「一人じゃマズイと言ううんで付いてきたんだ」と言って立ち去った。何がマズイんだろう?まだ朦朧とした頭で、僕は独り言をつぶやいた。それにしても階段上の部屋で良かったと思った。机代わりの電気炬燵とギターと寝袋だけでは惨めすぎるだろう・・・そんなことを考えながら僕はまた眠りに落ちてしまった。


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posted by わたなべあきお | - | -

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