背景の記憶(204)

     独 立

SMAPとはとんでもなく次元の違う話だが、僕にも独立劇はあったわけで・・・

 社員を代表しての会社側との交渉は、何とも情けない「ワシが給料払っとるんゃ!」の社長の暴言で the end となり、僕は退職を決意した。同調してくれていた仲間五人の送別会もやり、僕は律儀にも三か月前に退職を願い出したわけだが、その三か月がなんとも滑稽極まりないものとなってしまった。

 当時は営業に従事していた僕に、言い渡されたことは・・・�|甘�得意先への挨拶は行かなくてもよい(替わりの者が担当する) ��電話も出なくてよい・・・で僕は出社してもただ席に座っているだけの、軟禁状態のようになった。

 ひたすら僕は読書に明け暮れる会社生活が始まったわけだ。そんな折、ある日の朝とんでもない事態が発生した。事務員が僕のところに来て「お客様です。ちょっと怖そうな人なんです。喫茶店で待ってるからって・・・」

 誰なんだろうと不審に思いながら行ってみると、その男から金文字の名刺を差し出された。これで僕は納得した。「分かってるやろうな」彼は上目づかいにそう言った。「連帯保証人、上の二人は逃げておらん・・・あんたが最後や」この会社への紹介者の女社長の仕事が行き詰まり夜逃げしてしまったわけだ。

 世間知らずと言うよりも、様々な事情の中で押してしまったハンコであったが、まさかこんな日が来るとは思いもしなかった。僕は「分かりました。明日もう一度此処へ来てもらえますか」相手は一瞬「えっ・・・」という言葉にならない声を発して「あ、あ〜」と言って帰って行った。

 会社に引き返し、僕は社長に詳細は言わずに退職金の前借を願い出た。(当然、社長は知っていたわけだが、僕がそこまで絡んでいるとは思わなかったのだろう)

 翌日、喫茶店でお金の入った封筒を差し出すと、彼は札の束を確認した。そして「おまえ、ええやっちゃなあ・・・これ・・・」と言って、札束の中から数枚の一万円札を抜き取り僕に差し出した。「ほなな・・・」彼は勝ち誇ったように出て行った。喫茶店のママが訝しげに僕を見ていた。

 帰社すると・・・

 社長夫人が僕に問うた。「はんまに辞めるの?」僕は半分演技のように言った。「武士に二言はありません」退職まであと一週間という時の出来事だった。

 会社(社長)は、僕に得意先を取られると思っていたようだが、僕はそんな思いは毛頭なく、ただ「この会社を辞めたい!」の一心だった。今思えば、家庭的には幼子三人を抱えての大変な時であり、こんな身勝手は許されるはずもないのだが、それよりも男のプライドが赦さなかったというわけだ。

 今思えば、時代性が大きく作用していたと思う。右肩上がりの高度成長期・・・まさに「なんとかなるさ」だった。

posted by わたなべあきお | - | -

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