どれほど謗られようが、悪く思われようが、やり場のなくなった悲しみをぶつけてしまった若い女からの改まった誘いを完全に無視しようとして、できなくなり、謝罪のメールをよこしたのだろう、と思った。それが後藤信彦の愚かなまでの誠実さだった。
ニセアカシアの濡れた木陰に佇んだまま、知沙はその場で返信を打った。
『お返事がなかったので、お忙しいのだろうと思い、今夜、私もあの店には行きませんでした。勝手に決めて約束してしまったりして、こちらこそ申し訳ありません。後藤さんの悲しみが癒え、お元気になられることを心からお祈りしています』
メールの送信ボタンを押した直後、ニセアカシアの葉先にたまった水滴がぽとりと知沙の額に落ち、流れ、涙のように頬を伝った。
「存在の美しい哀しみ」 小池真理子
酷似した・・・
体験を持つ者にとっては、ひとつひとつの言葉が胸に突き刺さる。
<愚かなまでの誠実さ>
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「飲みすぎたみたいだ」と彼は声を荒げながら、苦しげにつぶやいた。
「・・・ごめん」
いえ、と知沙は礼儀正しく言い、彼が身体を離してから、半ば放心して天井を見上げた。
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