自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。
そこで考え出したのは、道化でした
それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思いきれなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、脂汗流してのサービスでした。
「人間失格」【太宰 治】

僕が此処で常々書いている自分の【ピエロ性】が作中の中で見事なまでに言い当てられて、
ちょっと驚いた。幼少期や少年期の僕にそれだけの自己分析が出来たわけでもないので、
ずっと後になって当時の自分を【笑顔よしのあきちゃん】と表現したのだった。僕と同じ
ここを持った人がいるんだなぁ……という一種の
感慨と安心と、一種の後ろめたさとが交錯して、狼狽えてしまう。
本能的な自己防衛策としての笑顔、写真の中でも、ちょっと斜め下を見て口だけ笑っている
(…ような)自分。これを見抜いた人は、作中の人たちと一緒で、僕の人生の中でも数名しか
いない。大概の人は、みんな「あなたはいつもどこか遠くを見ている」と言って去って行っ
たのだった。