広津さんから聞く話はいつも何かしらその種のおっとりとしたものばかりだった。
"闘争"とか"鮮烈"、また"秋霜烈日"、"きびしい"、"不惜身命"、"この道一筋"、
"ギリギリ"などなど、日本人の大好きな硬直.玉砕美学の言葉が匂わせるようなものは
どこにも感じられなかった。そのことに私はおどろき、眼を瞪った。
広津さんが私にあたえた最大の印象は、おっとりと、しかし徹底して執拗に持続する
実践の人ということだった。その武器は実証と常識である。正真正銘、広津さんは
行動人であった。けれど明治以来の日本の知識人が〖行動〗という言葉で連想するのは
闇に散る花火の悲愴であった。…………不渡り手形の思想家………
【開高健】
