生真面目な苦しみ

誰もが、精神や思想の法則を求めていたし、それらを求めること自体が知的な行為と

見なされていた。曖昧な情に流されることやヒューマニズムに従うことは、軽蔑の

対象になった。建設よりも破壊、具象よりも抽象…だった。

そのくせ、多くの人間が、幼いロマンティシズムと通俗的な世界観を捨てられずにいた。

そして、その落差、自己矛盾に対して、生真面目に苦しんだ。


       【小池真理子】「望みは何と訊かれたら」


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この小説の題材や状況と全く同時期に僕は生きていた。しかも、事の中身の違いこそ

あれ、類似した事柄(事件)の当事者であったわけだ。そして又、事の進行も類似して   

いる。警察の扱う事件性とは違った、心的事件と言おうか、当時のの時代背景も相まって

一歩間違えば新聞沙汰にもなりかねない立場に、僕は置かれていたのだ。

posted by わたなべあきお | - | -

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