成熟の時代

 日本は今、登り続けてきた山を下りる過程にあるのだと思います。登りっぱなし

などありません。頂上を極めたあとの下りるというのは、自然の理です。

 登山を成長の時代とすれば、下山は成熟の時代。登っている時はただ頑張るだけ

ですが、下山する時は景色を眺めながら、なぜ自分は山に登ったのか、その結果何

を得たのか、と人間的な思考が浮かぶものです。下りるから、次の山に登ることが

できます。下山の時は、新しい登山の道半ばともいえるのです。

 底があるからこそ、至上の幸福感がやってきます。窮すれば通ず。人間はその時

になれば何とかして切り抜けて歴史をつないできたのです。上ったり下ったりを繰

り返す。生きるとは、そうした波の中で過ごすものだと納得すれば、おのずと幸せ

を感じる時はやって来るのではないでしょうか。


                    五木寛之

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