背景の記憶(308)

 退職願を出して三カ月間の軟禁?状態に置かれていた僕に、更なる追い打ちが襲い掛かってきた。三階の事務所にいる僕に一階の事務員から内線電話がかかった。「渡部さん、来客です」???不審に思いながら降りて行くと、見るからにそれらしき人物が椅子に腰かけて脚を組んでいた。

 「こういうもんやけど・・・」と言いながら名刺を差し出してきた。金文字の名刺だった。「もうわかってるやろ・・・そこの喫茶店で待ってるわ」と言い残して出て行った。事務員さんが「大丈夫?」と言って心配顔を向けてきた。

 三日前に自宅にかかってきた電話で心の準備は出来ていた。僕のこの会社への紹介者であり、住宅購入時の恩人である人の会社が倒産の危機に瀕していたのだ。最後のあがきで借金をするときの連帯保証人の三番目に僕の名前と実印が押されていたのだ。恩人は裏切れない・・・。上位二者はすでに行方をくらましていた。そのうちの一人から電話が入っていたのだ。「自分らだけ逃れやがって!」と思ったが、足掻いても仕方がない。

 指定された喫茶店へ行くと、借用証書をテーブルに差し出して、額の所をトントンと指で突いた。僕は間髪を入れず「明日、此処へ来てください。用意しておきます」と言った。相手は拍子抜けしたようにへっ!という顔をした。そして「そ、そうか、ほな明日な」と言って出て行った。

 僕は社に帰り、社長に言った。「社長、退職金を明日いただけませんか」社長は「そ、そうか・・・ほな明日用意しとくわ」と罰悪そうにつぶやいた。何のことは無い僕をこの会社に斡旋したその人は、社長の愛人だったのだ。最後のあがきの金づくりのためのサラ金周りの当事者が僕だったことも知っているはずで、ノーとは言えないことは分かっていた。

 翌日、喫茶店で帯封の札束の入った封筒を差し出すと、相手はその数を確認して、「おまえ、良い奴っちゃな」と言って札を一枚抜いて僕に差し出した。「ほな!」と言って店を出て行った。瞬時に「借用書を返せ!」と思ったが、もう来ないだろうと言う確信めいたものがあったので、後を追うことはしなかった。

 社に戻ると、事務員さんが心配そうな顔をしていた。僕は無言で片手を挙げて「大丈夫!」という合図をした。表向きはそうだったが、内心はやや暗雲が立ち込めていた。ギリギリの状態の時、僕は恩人社長とサラ金巡りをして金策をしていたのだ。しかも僕名義で。休む間もなく、三社のサラ金会社を廻った。日がずれればずれるだけ利息がかさむ。こんな経験は二度としたくないと心に誓った。

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posted by わたなべあきお | comments (0) | trackbacks (0)

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