爆死

悲しみや寂しさは、文字通り悲しく寂しいことではあるが、その心の揺れが、言葉の持つイメージに反して、己を勇気付け励ましてくれたりすることがある。僕のこれまでの人生の三分の一、つまり25才までが、言わば悲しみの連続だった。

実母との別れは、記憶の半ページにしか刻まれてはいないけれども、直接的な悲しみと言うよりも、漠然とした喪失感と言ったほうが適切かもしれない。本来、その愛情によって育まれるべき本質的な部分が、見事なまでに欠け落ちた変形してしまった心は、脆く弱い半面、突出した部分では、異常なまでの忍耐力と決断力を発揮した。それは傍目からすれば、病的な精神や行動の異常と映ったであろうが、本人的には、至極大真面目だったのである。

人生の初めに突出した出来事が生じてしまうと、それから後の人生は、つけ足しとまでは言わなくとも、どこか他人の人生を歩んでいるような、そしてもう一人の自分即ち本物の自分は、あたかも空の上から、もう一人の自分を見つめているような不思議な精神を構築していったのです。

兄は、僕と10も年が違うから、母の死の衝撃度は尋常ではなくて、多感な時期故の自殺と言う選択肢しか見つけられなかったのだろうけど、それを単に意思が弱いとか、心の強さが足らないとか、第三者的見解には、弟としてと言うより、人間的に怒りを覚える。僕が兄と逆転した立場なら、僕も同じ道を歩んでいたはずだ。

兄は、高校時代に「自画像」という作文を残している。見事なまでに己を客観視して見切っている。ある意味、僕と同じ精神状態にあったのかもしれない。彼に大きく開かれた母の心のぬくもりが有ったなら、彼の人生は、明るく希望に溢れた素晴らしいものとなったはずだ。

兄も僕も、表だった言い訳は一切しない。父や親戚を責め倒すこともしない。全てを己で受け止め、己のなかで爆死したのだ。

posted by わたなべあきお | comments (0) | trackbacks (0)

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