背景の記憶(296)

 19歳の夏

 原爆ドームを川向うに見る四畳半のアパートで暮らした。台所もトイレも共同。

もちろん風呂などない。僕の中には、極貧とかひもじいとか云うような意識は全く

無かった。反対に修行とか鍛錬とか云うような高尚な意識も無かった。ごく当たり

前のこととして受け止めていた。

 まさに原爆投下の八月、水ばかりを飲んで暮らした。木陰をクーラーのように感

じ、三十円のアイスキャンディーが宝石のように思えた。陽炎の揺らめく電車道を

夢遊病者のように歩き。キラキラと輝く太田川の川面に引き込まれるような錯覚を

覚えた。電車賃もバス代も無い、ひたすら歩くのみ。流れた汗が拭く間もなく塩と

なった。

 そんなある日、父から小包が届いた。開けると白米と舐め味噌だった。まさに

天の恵み!・・・生き返った!あのままでは野垂れ死にしていただろう19歳の夏。
原爆ドーム.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

▲page top