普通の男なら、その段階でピンと来そうなものだけど、そこは鈍感男の面目躍如?ひたすら真面目にレッスンは進んだ。ん?と思い始めたのは予定時間の終了間際。先生はどこか余所余所しく終わりを告げたのだった。後々考えれば、年齢は近かったにしても、相手はミセスであり、第一先生と生徒の立場関係からすれば、次のストーリーは考えられなかった。
次のレッスンの帰り道、車の中で先生が呟いた。「この間はゴメンナサイ・・・
さびしかったの・・・」と。その時、初めて知った。旦那は京都では、いや関西エリアでもそこそこ名の知れたロックバンドのリーダーであり、ボーカルだった。彼がアメリカで放浪の旅をしていた時に知り合い、そのまま日本へ付いてきたらしい。彼自身に、そしてグループの仲間に、どんな日常が展開されていたのかは、僕にも分からない。しかし僕とは真逆の世界があったに違いないことは想像できた。
田舎者の僕が純粋とは言わないまでも、特殊な世界の色に染まっていない一面が先生には新鮮に映ったのかもしれない。車を停めて、じっと前を見ながら話す先生の頬に涙が伝った。金髪と産毛が対向車のライトに照らされて・・・外国映画のワンシーンのように感動した。「さあ、行きましょう!」自らに言い聞かすように先生はアクセルを踏んだ。助手席で僕は考えていた。先生と付き合い始めて、着るものもジーパンやボタンダウンのシャツが定番になっていたし、髪も伸ばしたままで二人並んで歩いても、まったく違和感のない間柄になっていた。いつの間にか。
ふたりのことを、クラスの女性たちは敏感に感じ取っていた。直接には言わないけど、「先生、わたなべさんに優しいよね」とか「いつも帰り一緒だね」とか言われた。僕はただ笑ってやり過ごしだけだった。あまり突っ込んで聞かれると、「出来の悪い生徒ほどかわいいもんなのさ」なんて答える自分がいた。
最初の「プリテンド」の忠告通りに、僕はまさに先生色に染められて行った。臆病で無口な恥ずかしがり屋は、真逆とは言わないまでも、ちょっと自信めいた自分を主張できるようになっていった。先生なりの工程表に乗って、変わって行く僕を、先生はどんな心で、どんな目で、見続けていてくれてたのだろう?