英会話学校への入学手続きを済ませ、僕は一回目の授業に向った。クラスは七人編成で、男性は京都大学の大学院生が一人、京大生が一人、そして僕。女性は社会人が二人、大学生が一人、そして高校生が一人だった。
先生はアメリカ人でMrs.ステッファニー柴田と紹介された。ブロンズのロングヘアーでスレンダー美人だった。初日と言うことで自己紹介で始まり、僕以外の皆はスラスラと答えて行った。困ったのは僕だ、まさかぷー太郎と言うわけにもいかず、名前と年齢だけに止めておいた。
先生は柴田姓と言うからには、旦那が日本人なのだろうと、あまり深くは考えなかったのだが、後にその旦那の中身を知った時には、正直驚いた。
レッスンが進むにつれて、僕は自己嫌悪に陥った。それは明らかなボキャブラリーの貧困だった。大学院生や大学生に比べて、その差は歴然としていた。正直に言って女子高生と同程度だったのだ。これは内心少なからずショックだった。
しかし、五回目を過ぎたころ、事態は急展開した。レッスンの後、先生に声をかけられた。「ちょっと時間ありますか?」「はい」誘われるまま僕は先生の車の助手席にいた。車はスバル360で始動キーは無く、電線をショートさせて起動させた。驚く僕に先生はちょっと微笑んで車を走らせた。
着いたのは喫茶店。光を落とした薄暗い店だったが、若者が多くざわざわとしていた。一番奥の席に座って、先生はコーヒーを注文した。そして、僕に告げた。
「あなたに個人レッスンをします。教材はこれです」と言って、小学三四年生の漢字ドリルを差し出した。「あなたは、これを使って私に日本語を教えてください。もちろん英語で」そして、ギブandテイクだからレッスン料は要らないと。
最初に彼女が僕に言ったことは、言わば田舎者で世間知らずそのものの僕に、「pretend」を求めた。大袈裟なくらいに演技してみろと言うわけだ。そしてさらに彼女は言った。「あなたは言葉は少ないけど、伝わってくる何かを持っている。」と。会話ではなく単語の羅列のような大学生ではダメだというわけだ。あくまでも現実生活の中の生きた会話~それを求められ、大きな刺激を与えられたわけだ。
この課外授業は一年以上続いた。いや、続けて頂いたと言うべきだろう。そうした中、僕の女性コンプレックスや外人コンプレックスは、徐々に薄らいで行き、内面的変化が自分でも自覚できるように成っていった。
真夏のある日、事件(?)は起きた。先生が「今夜は喫茶店ではなく、友達の部屋が空いているから、そこでレッスンしましょう」と言ったのだ。