私なんか、この世にいてもたいしたスペースはとっていない、そういうふうにいつでも思っていた。人間はいつ消えても、みんなやがてそれに慣れていく。それは本当だ。
 でも、私のいなくなった光景を、その中で暮らしていく愛する人々を想像すると、どうしても涙が出た。
 私の形をくりぬいただけの世の中なのに、どうしてだかうんと淋しく見える、たとえ短い間でも、やがて登場人物はいずれにしても時の彼方へみんな消え去ってしまうとしても、そのスペースがとても、大事なものみたいに輝いて見える。
 まるで木々や太陽の光や道で会う猫みたいに、いとおしく見える。
 そのことに私は愕然として、何回でも空を見上げた。体があって、ここにいて、空を見ている私。私のいる空間。
 遠くに光る夕焼けみたいにきれいな、私の、一回しかないこの体に、宿っている命のことを。

         「おかあさーん!」 よしもとばなな



28.2.3-3.jpg

posted by わたなべあきお | - | -

▲page top