父が国語の教師だったせいか、あるいは自身が放送部に在籍していたせいか、僕は「話し方」というものに興味を抱く。
此処に書いていることも、僕の肉声で伝えられれば、それはそれでまた違った趣が与えられようというものだろう。
主義主張の立場的差異は大きくあるとしても、僕は西部 邁氏の話し方が好きだ。語彙が豊富だし、横文字の本質的で的確な引用が適度にあって、話中に引き込まれる。
面白いのは、「大きな声では言えないけど・・・」とか「小さい声で言うんだけど・・・」と前置きして、本音をズバリと言っちゃうところが痛快だ。
それにしても、我々は・・・いや僕は、なんと平板な思考形態なんだろうと自己嫌悪に陥る。ものの本質とは何か、事の正邪はどちらか、すべてが曖昧で確固たるものが乏しい。
もっと研鑽しなくちゃいけないな。
その西部氏が・・・
「18歳まで重度の吃音であり、ほとんどしゃべらずに過ごした」と略歴にあるのには驚かされる。
その反作用として、一語一語の言葉の重みや深さに繋がった・・・と考えるのは失礼だろうか?
僕も・・・というと変な話だが、僕は中学生くらいまで赤面症で悩んだ。ちょっと意識過剰になると、顔が真っ赤になってしまうのだった。特に対女性では・・・。