背景の記憶(109)

 父は怒りや瞋りは言葉や行為にあらわしたが、悲しみについては言葉にも表情にもあらわさずに、いつも耐えていたと思う。わたしは父からそれを「父の像」として確かにうけとった。そしてじぶんのものにしたとおもう。それからあと父にまつわることではいつも頼もしい息子とみえるように、つとめて振る舞うようにした。気分が引っこみ、ためらいや恥ずかしさに襲われ、どうしてもそう振る舞いたくないと内心でおもえるときでも、おし切るようにして父親を悲しませないようにと積極的に行動するようにつとめた。

 この悲しい父親像を通じて、わたしは「父」が広大な自然よりは、「強大な意志」だということを学んだ気がする。そして高村光太郎のように「常に父の気魄を僕に充たせよ」と願ってきたが、そんなに思い通りにはいかないで、生涯の大半を過ごしてきてしまった。
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 ただもっと胸の奥をこじ開けてみれば、太宰治ではないが、白い絹の布地に何やら蟻がぞろぞろ列をなしていったあとに、象形文字にも仮名にもならないような、父としての存在の跡のようなものがのこされている気がする。それはわたし自身にも判読できない。だから、何と書かれているかということができないが、その痕跡はたしかに押印されていて、わたしが「父」であることを、何ものかに向って証明しているような気がする。(吉本隆明・父の像)

posted by わたなべあきお | - | -

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