背景の記憶(196)

友達に誘われたバイト先は、D百貨店だった。正確には、警備や清掃、店内の商品搬入等を扱う下請け会社で、大学生が多く、他には浪人生と僕のような流れ者は少数派だった。

多くの者は、店内の売り子との接点がある商品搬入を好んでいたが、僕は、訳ありで女性恐怖症(?)の時期であり、手動式のエレベーターの操作係りを希望した。
もちろんお客様用のエレベーターではなく、従業員や荷物の搬送用のものだった。

映画に出てくるような何ともクラシカルなヤツで、それなりに操作は面白かった。低速、中速、高速と3台あって、それぞれに役目が分かれていた。高速用は階を飛ばして上下し、主に地下と社員食堂に停止した。低速と中速は臨機応変でボタンで呼ばれた階に行き、言われた階へ移動した。

30分毎の交代制で、控室は最上階の屋根裏部屋だった。機械室の隅っこにおかれた長椅子で本を読んだり仮眠をとったりした。機械油の臭いとガタンガタンとかウイ〜ンといった音の中で、僕は夢の世界を浮遊していた。

百貨店と言うところは、社会の縮図のような所で、様々な人間模様を見せつけられた。化粧品売り場の女性たちの華々しさや、地下の食料品売り場の女性たちの清楚な姿など、各売り場のカラーの違いは際立っていた。

商品搬送の仲間たちの中には、明らかなワルがいて、目つきを見れば僕のような単純男にも判別できた。退出時の身体検査で万引きがバレて掴まる場面も何回か目撃した。

立大や同大のスクールカラーはファッションからして明白だったし、僕らのようなアンダーグランド的な男は、殊更にその違いが容姿に現れていた。長髪、ジーパン、バスケットシューズ、ショートホープetc。

ある時、低速の台の時、地下の食料品売り場の女の子が一人で乗ってきた。そして手渡されたメモに僕はビックリした。

posted by わたなべあきお | - | -

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