わたなべあきおWeb

脱出の名人

僕には家が無かった
いや
家庭が無かったと言うべきか
中学生にして 孤独を感じ
家を出た
一回目の 脱出(家出)



成績本位の学校に
とても付いては行けなかった
国公立 有名私大 私立文化系・・・
分別された仲間の制服が
色違いに見えた
そして僕は どこへも行かないことにした
二回目の 脱出(逃避)



集団生活は楽しかった
朝起きも徹夜も 苦にはならなかった
でも・・・
組織の裏が見えた時
楽しさは急激に薄れて行った
誇張された利益話
言葉巧みな誘導
僕は 手荷物二つで
故郷を後にした
三回目の 脱出(離脱)


世間知らずで田舎者の僕には
都会の見るものすべてが驚きだった
培ったはずの正義感や使命感が
もろくも崩れ去って行った
見下していた社会から
桁外れに見下されていると感じた
倒産 バイト 夜学 誘惑 別離・・・
短期間に十年分位の体験を重ね
僕は 生まれた島へ渡った
四回目の 脱出(島流し)


頭でっかちな自分が嫌で
肉体労働で 汗と土に塗れた
はるか年上の出稼ぎ労務者と飲む焼酎が
はらわたに滲みた
手の届きそうな満天の星空を仰ぎながら
別れた彼女を想った
<どうして苦しい方にばかり行くの?>
今の僕ではだめだから・・・
何がだめだったんだろう?
船の転覆事故や給料の不払いを機に
僕は赴任先の離れ小島を後にした
五回目の 脱出(まさに〜逃亡)

「脱出の名人」と言ったのは父である。すべてを遠くから見守っていた(くれていた)父である。名人の裏にはどんな形容が含まれているのだろう?
自分で思えば<癖>の類だろう。堪え性がないのか・・・夢想家なのか・・・

否応なしに置かれた環境の中で、自分ひとりで<自分探し>をした青春時代だったのかもしれない。それからも何回かの<脱出>は繰り返された・・・。







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(Update : 2010/07/05)