背景の記憶(55)
新聞に載っていた作家のコメントに共感して、その人の単行本を求めて、小さな本屋に入った。生憎というか、大型書店とは違い同じ題名の上・下本二冊しかなかった。
読み始めて僕は驚いた。設定が僕の二十歳前後と重なる。場所や人物の固有名詞も・・・。
僕たち(仲間)は、髪の毛やファッションこそヒッピー的ではあったが、中身はそれには程遠かったように思う。歌詞の内容も知らずにローリングストーンズに酔い、語感に惹かれてイージーライダーを観た。
前置きはともかくとして、読み始めて数十ページのところで、四十年前に引き戻された。英会話の個人授業を三年間受けたS先生の旦那が登場したのだ。
伝説のロックバンドのリーダー(ボーカル)。当時の僕は知る由もない。ただ放送禁止用語のバンド名だけは、先生から聞いて覚えていた。そうしたアンダーグランドな世界には入り込む勇気がなかった。と言うより・・・本物のアホ(?)になれない単細胞のフーテンでしかなかったのだろう。
「カメラマンの顔面を蹴ったり、アンプをひっくり返したり、客が気にくわなかったら一曲でやめちゃったり」〜そんな彼と先生はどんな出会いをしたのだろうか?彼のアメリカ放浪時代に接点があったのか?
個人授業の後半部分で見せた先生のメランコリーな表情は、何が原因していたのだろうか?(おそらく)まったく対極に位置する僕に、何かを求めていたのかも知れない。そんなことは今だから思えることであって、当時の初(うぶ)極まりない僕には、理解できるはずもないことだ。
ネットで調べてみると、彼は十五年前に他界している。先生は母国へ帰ったのだろうか?それとも・・・。
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