背景の記憶(54)
数日前、土居健郎氏の死が報じられた。<「甘え」の構造>の著者。あれは僕が二十歳すぎの頃だったろうか?父からこの本が送られてきた。
その時は、それがベストセラー本とも知らず、第一(甘え)という言葉が、親からの押し付け的に受け止められて、読む気になれなかった。今振り返れば、高校時代に家を出て一端の独立心に酔っていたからなのかも知れない。
今日、本棚に眠る・・・この本を読み直してみようと思った。そして、何気なく開いた巻末の白紙部分に、父の直筆が認められているのを発見した。それは堀口大学の詩だった。
母の声
堀口大学
母は四つのぼくを残して世を去った。若く美しい母だったそうである。
母よ
ぼくは尋ねる
耳の奥に残るあなたの声を
あなたが世におられた最後の日
幼いぼくを呼ばれたであろうその最後の声を
三半規管よ
耳の奥に住む巻貝よ
母のいまわの声を返せ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<甘え>という言葉が、まったく異質なものに感じられた瞬間だった。
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