背景の記憶(51)
「何で挨拶に来ないんだ!」
会社を辞めて三日も経たないうちに、僕の担当していた得意先から自宅に電話が入った。
「あっ、すみません。会社から止められていたものですから」
「とにかく、来い!」
「昨日、社長夫婦が来てな・・・。まあ〜<暖簾分けでもするような気持ちで>とでも言われたら、こっちも動きが取れんけど、おまえの悪口をようけ並べて帰ったで・・・」
「おまえがそんな男でないのは、ようわかっとる。・・・で、おまえどうするつもりなんや?」
「まだ何も考えていません・・・」
「せっかく積んだ経験やで・・・それを無にするのはもったいないと思わんか?」
「はい・・・」
「失業保険だなんだと言っとらんと、明日からでもやれ!辞めたらもう務めてた会社は敵やぞ!それぐらいの根性がなかったらアカン!」
この一軒に止まらず、自分の担当していたお得意先の80%から、次々と電話が入り始めた。すべて内容は同じものだった。
「あんたが辞める何ヶ月も前から、『辞めたらよろしく』って言って来てたら、こうはいかんかったやろね」と、ある得意先の奥さんが言った。
人間如何にあるべきか〜この時、核心を掴ませてもらったような気がした。
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