背景の記憶(47)
「兄ちゃん、おまえエエやっちゃなぁ〜」と言って、金ぴかのブレスレットが眩しい彼は、テーブルの上にお札を三枚置いて、喫茶店を出て行った。
その二日前、勤務先の朝礼が終わった時、1階の事務員から「来客です」の連絡が入った。階下へ降りて行くと、「近所の喫茶店で待っているそうよ。なんか・・・怖そうな人」と事務員が不安そうに告げた。 言われた喫茶店に行ってみると、見てすぐにその筋の人とわかる男が手招きをした。そして書類を1枚出して、一番下を指差して、「これ・・・あんたやろ」と言った。 連帯保証人の3番目、見覚えのある書体で書かれた自分の住所と名前、そしてハンコが押されていた。
「夜逃げしよったんや。上の二人もグルやな・・・どこにもおらん。で、アンタっちゅうわけや」半分脅しの入った口調で、上目遣いにそう言って、コーヒーを啜った。 「わかりました。二日ほど待ってください。明後日の朝、此処で・・・」と言うと、彼は拍子抜けしたような顔をして、「おっ・・・そ、そうか・・・ほな、明後日やな・・・」 僕は、「はい」と一言残して、店を出た。
本当は充てなどなかった。それに数日前、辞表を出したところだった。そのまま社長室へ行き、「社長、すみませんが・・・いくら退職金がいただけるのか分かりませんが、前借りさせていただけませんか?」「どうしたんや?」の問いには深く答えず、とにかく頼み込んだ。
脱サラ、独立の資金があっけなく消えた。中古の軽ワゴン車を一台買うのがやっとだった。
数週間後、連帯保証人の一人が家を訪ねてきた。「のんびりしとったらアカンで・・・取り立てが来よるで・・・」 僕は多くは喋らず、「そうですか」とだけ言って、ドアを閉めた。
独立前の、高い高い授業料の話。
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