背景の記憶(34)
小学校時代、同クラスにN君がいた。いた・・・と言っても、在籍してたというだけで、ほとんど学校へは来なかった。
あの頃は、どこの家も貧乏だった。だから貧乏という実感は、僕たち自身にはまったくなかった。でも、N君には切実な問題としてあっただろうと想像する。
クラスの代表として、女子の委員とふたりで、家庭を訪問したことがあった。「学校へこないか」という誘いであった。
玄関に立った時、僕たちはゆく前に用意していた言葉を失った。まさに極貧の状態だった。子供心に「どうして?」と心が曇った。
彼は灯りのない暗い部屋で、何をしていたのだろう。内職の手伝いだったのだろうか?その内情を分析するだけの余裕を奪い取るほど、部屋の中から暗く淀んだ空気が流れてきた。
庭先にいたお母さんに「また・・・来ます」とだけ言って、僕たちは家を後にした。
暗闇の中で、異様に光って見えた彼の瞳が、焼き付いて離れなかった。あの眼の輝きは、救いだったかもしれない。何か・・・希望を抱かせる力を感じさせてくれた。そして・・・
善意の押し売りをしているような自分が恥ずかしかった。何も言わなかったけど、となりの彼女も同じ想いを抱いていたのかも知れない。
彼は、どんな人生を歩んだのだろうか?
|