背景の記憶(13)
「おまえは、海で二回死にかけたんだ」
<いや・・・三回でしょう>
「そうか?」
つい先日の父との会話である。
幼少の頃、親戚の回漕店の前で、海に落ちて近くの人に助けられた。これは、自分には記憶がない。
二回目は覚えている。近所の友達と魚釣りに出かけてまた落ちた。陸からいきなり数メートルの海だから・・・溺れた。海中で藻掻いているとき、一本の竹竿が見えた。陸からそれを差し出しているシゲやんの顔も見えた。僕は、必死にと言うより自然な感じでその竿を掴んだ。
覚えているのはその瞬間だけで、後の大人達の大騒ぎの話は全く記憶がない。それにしても、命の恩人〜シゲやん。僕より一級上だった。
三回目は小学生の時だったと思う。高学年も含めてちょっと外海に近い浅島まで和舟で出掛けた。僕はその頃もう水恐怖症?であり、胸から上に水が来ると息が詰まりそうになっていた。幼児体験とは怖ろしいものである。みんなが深いところでサザエやアワビを獲るのを羨ましく思いながら、僕は浅瀬で小さな名もない貝を集めていた。
その時である・・・強い波が来て、その引く時の波にさらわれた。必死で犬掻きをして岩の出っ張りに掴まった。肘やら脛やら傷だらけである。この事件が僕のカナヅチを決定的にしてしまった。
それ以来、学校教師の父が夏休みに泳ぎを覚えさせようと、何度も試みたがすべて失敗に終った。時には強引に海へ放り投げる荒技もやりかけたが、石のように固まった僕は動かなかった。
浅瀬の横泳ぎとか背泳はできるのに、足が届かないとわかった途端に沈んでしまう。これはもう消えることのない負の記憶としか言いようがない。
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