背景の記憶(1)
まだ三歳に満たないよちよち歩きの男の子
両手を挙げて微妙にバランスをとりながら坂道を進む
坂の中程には、母親が可笑しさ半分心配半分の顔で待っている
もう後五〜六歩というところまで来ると、母親は両の手を大きく広げ、満面の笑みで我が子を胸に迎え入れる
しかし・・・この子(僕)には、そうした記憶が全く無い
近くでこの情景を見ていた十歳年上の兄の描写である
何十年も経過して、何処かの法要の席で話してくれた
僕は・・・母の古い写真の顔と体を、兄が語った母に合体させて
その柔らかな胸の中に飛び込む・・・
否応なしに消えてしまった母性
今はの叫びは、ひび割れた僕の魂の隙間に木霊したのか?
「三つ子の魂・・・」を実証するかのように・・・花嫁のような白装束で包まれた座棺の母の鮮やかな記憶
満三歳の誕生日まで必死に生きて・・・生きて・・・
明くる日に逝った〜母
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