心の養分
姪の娘を見続ける中で、子供の心はどうやって育つのだろうかと考えさせられます。
こんな問題に思いを巡らすとき、いつも森先生の言葉を想い出します。
<優しくて温かいことば>
植物に例えれば、温かくふりそそぐ雨・・・はたして僕は日常において、どれだけ心をくばっているだろうか。
<ニコやかな笑顔>
これは簡単そうで出来ない事だ。どんなに優しい言葉よりも、親のニコやかな笑顔は嬉しいものではなかろうか。作り笑顔でない心底からの笑顔は、自分が温かいこころのなかに納められている事を、直感で察知できるから・・・。僕は実母の体験は持ち得ないけど・・・幼子に接して、その子達の人の顔を見分ける直感力には驚かされる。本物の笑顔(即ち本物の優しさ)には無条件に飛び込んでくるから。
<念じるこころ>
常に我が子のことを思い念じていること。「願わくばこのような人間になって欲しいものだ」と思い続けることなのだろう。ここでも植物に例えれば<見えない雨>だと言われる。そう言えば、花に対して、いつも人間に対するように優しく語りかけて育てれば、花は見事に応えてくれると聞く。
最後に<念じる>ことの所以・・・決して直接ことばに出して話さないこと。ウッカリことばにしてしまえば、その時点で<念じる>力は消え失せると言うことです。裏を返せば子供はその念じる心を感得して、親が念じている姿に近づいて行こうとするのではないでしょうか?
|