家
僕は【自分の家】に一度も住むことがなかった。勿論昔は借家住まいなんて当たり前のことで、そのこと自体は何とも思わないのだが、アット・ホームな感覚というか家庭の温もりみたいなものが、僕には完璧なまでに欠如していると思う。
継母の事もあったし、兄姉の複雑な心理状態もあったし、とにかく母の死後、必然的に家庭というものは崩壊していった。よく世間でも家庭崩壊と言うけれど、ホントは住む場所なんてどんなところでも生きて行けるし、問題は【こころ】なんだとつくずく思う。どんな豪邸に住んだってそこに【愛】がなければ牢獄と一緒だろう。
僕が高校に入るとき、父は家を建てたのだが、ちょうど転勤となり、ひとに貸すことになってしまった。そして僕自身も家を出る決意をしたときでもあり、結局自分の家には住まず終いとなってしまった。
ただひがみ根性で思うに、新築の家の間取りを見て、僕の部屋って用意されてたのかなあ?と思ってしまう。どう見ても僕が家族の一員に入っていない様な家に思えた。自分の家の筈なのに、どこかよその家の新築祝いの集まりに呼ばれたような気がしていた。記念写真もそんな感じ。すでに僕の心はその家にはなかったと言うことだろう。
僕はかなりの期間、寝袋人生を送ったが、僕は無意識のうちに寝袋の中に僕だけの家、僕だけの部屋を作っていたのかも知れない。暗いけど自分の体温で温かく、一つの窓から眺める夜空の星は僕の淋しさを慰め包んでくれた。今ほどのエアーマットもなく床や畳の直の感触の中で、僕は明日の闘志を燃やしていたのかも知れない。
荷物らしい荷物もなく、その身体一つの身軽さが、かえって【脱出の名人】と言われるくらい、逃避行の常習犯?にさせてしまったのかも知れない。いつも心は先に飛んでいた。身体はあとから付いて行っただけだ。さすらい人と言えば聞こえは良いが【魂の離脱・飛翔】的な体験は滅多にできることではない。傍から見れば夢遊病者のような腑抜けた人間に見えたことだろう。
今、我が家を構え暮らし行く中にも、昔から引きずったもう一人の自分が相変わらず居ると言うことを、誰にも言えない僕が居る。誰も知らない。誰にも解らない。・・・そんな自分。
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