それを言っちゃあ〜・・・
秘かに二年計画で、社員の意識改革と団結を試みた僕は、数人の傍観者を除いて、ある程度の段階まで結束をはかることに成功していた。あきらめムードの先輩たちも忍耐強く説得し、組合とは言わないが労働者側としての認識と要求を経営者側と交渉できる段階までになっていた。
ある日の業務終了後、会議室でその交渉は始まった。社長は何事かという顔をしていたが、こちらは用意周到、準備万端であった。根拠となる数字的資料も取り揃えてあったし、何よりも社員全員の血判状とも言える書面がその意図を強く物語っていた。
そもそも、僕は経営者側の知人の紹介で入社した者のうちの一人で、会社側からすれば造反とも受け取られる僕の行動であったに違いない。一時は取り込み作戦にもあったが、僕の心はもうそんなレベルは超えてしまっていた。
入念な準備の甲斐あって、議論はけっこう白熱したものとなった。社長も僕たち社員の恥ずべき部分を言葉巧みについてきた。該当社員は黙って下を向く者もいた。しかしそれは各論(個別の問題)であって本論ではないことを僕は強行に主張した。だんだんと仲間の言葉は少なくなり、社長対僕という二人の対決の図式が出来上がっていった。
僕はここで引き下がっては、今まで何のためにやってきたのかと言う思いから、必死の熱弁をふるった。その圧力に屈したかのようにしばし黙っていた社長が、おもむろに、しかし低く強い語調でこう言った。
「わしが給料払ろうてんのじゃあ!」 ・・・・・一瞬その場が静まりかえった。僕は愕然としてつぶやいた。 「社長、それを言っちゃあ・・・おしまいですわ・・・」 「みんなお疲れ様、帰ろう!」
社員はみんな肩を落として階段を下りていった。時計は深夜一時を回っていた。社長は勝者の雰囲気であったが、どこか後ろめたさも漂っていた。
僕は形の上では敗者ではあったが、自己満足ではあれ、何かしらの充足感はあった。そしてこれでホントに会社とおさらばだという思いが固まっていった。
それから半年の間に、僕は同志四人の送別会をそれぞれに行い、僕は最後に会社を去った。もちろん僕の送別会はあろう筈がなかった。
若い、青い、・・・男の勇み足か?しかしそうせずには居れない僕自身の内奥の噴火であった。僕は今でも勝利者であると信じている。
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