落とし穴
父は僕の彼女にぞっこんだった。すべてが父の眼鏡にかなっていた。聡明、利発、達筆、快活・・・一体だれが結婚するの?僕の知らないところで、ふたり?の話はゴールインまで進展していた。彼女は良かったかも知れない、関門が無きに等しいから。
父は肝心のことを見落としていた。いや、と言うよりも避けて通ろうとしていた。父もある意味で、僕以上にロマンチスト。心の部分、感情の部分がすべてと思いたい性癖があった。心が現実を支配するとでも確信してるとさえ感じられた。このアンバランスが、まるで飛行機の片肺飛行のように、きりもみ現象を引き起こしていった。
父によって得た彼女の安心は、現実の壁に突き崩されることとなる。あしもとの定まらない根無し草に、生活の基盤は築けない。最も痛切に思っているのは僕自身だけだった。夢を食う貘じゃないんだから・・・。尻込みでもなく、躊躇でもなく、目の前にあるべき道が、僕には見えなかった。いくら探しても。
愛があれば・・・、思いやりがあれば・・・、一番わかっているものが、一番ブレーキを踏んだ。そしてもう二度と這い上がれないほどの穴に落ち込んでいった。
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