わたなべあきおWeb

人相

彼は自分を律するという点で、僕と同じスタンスをとっていたように思う。その一つは決してフトンのうえで寝ないと言うことだった。僕の発想はちょっと軟弱だったけど、彼のそれは相当な理由に裏付けされているように見受けられた。

ある日、彼のアパートを訪ねると、その部屋は実にきちんと整理され、チリひとつない空気が漂っていた。座布団をすすめられ、僕は思わず正座してしまった。

彼は僕より4、5歳上と見ていたが、どこか謎めいた秘密の部分があるように感じた。僕は性格上、根ほり葉ほり聞き出すようなことはしないが、何故かいつも相手の方からいろいろしゃべり出すというところがあった。何かを言わせる雰囲気があるのか、彼自身に聞いて欲しい心のうねりがあるのか・・・わからないが。

「ナベちゃん、俺な〜毎朝毎晩、鏡に向かってこうしてるんや」と言って、彼は両の手を自らの眉毛の端にあてて、下の方にこすり下げる仕草をした。「なにそれ?」「・・・・・・・」
「ナベちゃん、俺はな〜その世界におったんや」「ん?」
「まあそれが原因で家内とも別れたんやけど・・あちこちそら〜いろんなことしてきたで〜・・・そやけどなこの顔がなあ、どないしても普通に戻らんのや・・・人相っちゅうのはコワイで〜」
「・・・・・」しばし沈黙の時が流れた。「その点、ナベちゃんは優しい顔してるなあ。羨ましいわ」「・・・・僕・・アホやから」「これが自分の人生の宿題や思ってるんや」「・・・・」

部屋を出るとき、彼は「アリガトウな、ナベちゃん」と笑って言った。その笑顔は僕には普通の笑顔に思えた。僕は人相なんて自分で考えたこともなかったけど、帰ったら鏡見てみようと、おかしなリアクションをする自分が不思議だった。人に歴史ありと言うけれど、「覆水盆に返らず」「後悔先に立たず」ってことなのかなあ・・と思い巡らせながら歩いていた。

(Update : 2004/03/02)