修行とは・・・
招かれて、ある会合に出席のため僕は急いでいた。座敷の入り口近くで、中の話し声が聞こえてきた。 「彼はどっかのぼんぼんって言う感じやな〜」 「そうそう、苦労知らずって感じ」 「なんでも、お父さんは校長先生らしいで〜」 「へえ〜そうかいな」 どうやら話の内容からして、僕のことらしく、中へ入りにくくなってしまった。すると、座の長にあたるN先生の声がした。 「みんな、そう思うやろ〜、ところがどっこいなんやなあ〜」 「どういうことです?」 「世の中な、自分で苦労した苦労した言うやつに、ほんまの苦労人はおらんちゅうやろ。苦労が身についとらんちゅうのかな。しんどいしんどいの連続や。あの子はな、あんな顔してていろんな所通ってきてるらしいで〜。見えんやろう〜。たぶん本人は苦労したとは言わんやろけど、あら〜苦労しとるで。だいぶ修行しとるな」 「わし、よそで聞いたことあるわ。『修行とは苦労を楽しむことなり』ちゅうてな。なかなかでけんけどなあ〜」 ますます入りにくくなってしまった。あまり持ち上げられると恥じ入るばかりで、自分の言動に自信がもてない。そうこうしている内に仲居さんが来たので、これに便乗してやろうと思い、仲居さんの後から半分おどけ調子で「スミマセ〜ン、遅くなりまして〜!」と入り込むことに成功した。座の人達は僕より先輩の方たちばかりで、もちろん僕は下座に落ち着いたのだが、どうも雰囲気がなじめない。
僕はエエイっとばかりに、宴のちょっかかりからお酌にまわった。酒は強い方で家以外で飲みつぶれた経験はないが、それぞれの返杯を断るわけにもゆかず、全部うけて回った。さすがの僕も足下がおぼつかなくなってしまったが、どうにか踏みとどまった。手拍子が出たところで、ちょっと縁側へ出て夜風にあたっていると、女将さんが出てきて、「相当こなしてるね」と言った。「えっ?」「あれだけ受けて回れるひと、そういないわよ」「はあ〜・・・」(これも身に付いたものなのかしらん?)半分以上酔っぱらった頭で、最初の話の中身を反芻していた。すると中から「お〜い!苦労人!もどってこんか!」と叫ぶ人がいる。(もういい加減にして下さいよ)と思いつつも、ペンと頬をたたいて部屋へまた入っていった。女将さんが何とも言えない笑顔で「がんばっ!」の格好をした。
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