わたなべあきおWeb

湖岸にて

穏やかな春の日の午後、僕は放送部の後輩の女の子に呼び出されていた。彼女は三つ年下だった。同じアナウンサーだったことから、名前は知っていた。
「どうしたの?」「あのね、胸痛くなったことありますか?」「えっ・・・うん、まあ〜」「わたし・・・痛いんです」「ふ〜ん、好きな人いるんだ」「・・・・」

湖畔の防波堤の上に腰掛けて、生ぬるい風をうけて、しばし沈黙がつづいた。彼女は黙り込んでしまって、そっと僕の肩にその身をあずけてきた。少女の香が僕の鼓動を刺激した。

僕はどう応えていいのか戸惑った。(これって、まさか・・・)鈍感な僕ではあったが、色んな思いが頭の中を急旋回した。この際言葉は止めよう・・・と思った。僕はわざと両手をあげて大きな伸びをして、彼女の膝の上に頭をのせて寝っ転がった。彼女はまるで年上のひとのように、優しい眼差しで、僕の頭をそっと撫でた。

湖岸を渡る風は、僕たちを旋回するように流れていった。僕は起きあがり、足下の石を二つ三つ手にして、湖面めがけて投げつけた。水を切るほどの角度がつかず、石は二つ跳ねただけで沈んだ。振り向くと彼女は堤の上に立って、両手両足で大の字をつくり、暗唱した詩を湖に向かって放った。僕の知らない女性の詩だった。やがて彼女はスカートをヒラリとなびかせて、飛び降りると、「帰ろう〜!」と僕の手を引っ張った。

(Update : 2004/02/13)