よみがえる想い出(3)
隠岐島時代。島の北西に位置する小さな港の工事の時、島根半島の村からやってきたN親子がいた。彼らは「え〜っ、これで海を渡ってきたの?」というような、とんでもなく小さなしかもオンボロの起重機船の所有者だった。お父さんは小柄だが日焼けした精悍な顔立ちの人だった。息子は強君と言って、僕と同い年くらいだったと思う。名は体を表すで負けん気の強そうな男だった。
ある日、僕は事務所にいたのだが、現場付近の異様な物音とざわめきに外へ飛び出した。状況はすぐに把握できた。方塊(四角いコンクリートの塊)の重量にたえきれず、船が転覆したのだ。海中には潜水夫がいる。船上にも作業員が3,4人いたはずだ。一瞬血の気が引いたのがわかった。現場に駆けつけてみると、ひとりまたひとりと、びしょぬれの作業員が必死の形相で浜へ上がってきた。潜水夫、潜水夫とキョロキョロしていると、最後に黒い潜水服姿が上がってきた。「よかった〜!」力が急に抜けていった。作業員たちはお互いのミスをののしり合う元気もなく、そこらに座り込んでしまった。つり上げ能力の不足は明らかだった。
しかし、何よりも死者、けが人がなかったことが不幸中の幸いだった。貴重な生きるための財産を失ったN氏は深刻な顔をしていた。強君は少し離れたところで、自己現場をじっと見つめたままだった。
興奮からさめた連中が、支離滅裂な言葉を互いに言い合っていた。いずれにしても最終責任はこちらサイドにあることは明白であり、まったく知識も経験もない僕としては、黙って聞き入るしかなかった。「どうなるんだろうか?どうしたらいいんだろうか?」ただただ不安だけで、僕の胸はいっぱいになった。
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