土方
隠岐島の朝は清々しい。連日5時起床だなんて後にも先のもないだろう。寝ぼけ眼で波止場へ出れば、エンジンの音も勇ましく船団の入港だ。朝陽の中に船たちが黒く写って影絵みたい。テレビのCMにあったなあ、こんな風景。
威勢の良い水揚げのかけ声を耳に、タバコを1本。我らの現場は船着き場造り、こんなに波が打ち上げてくるのにできるんやろか?
ダンプにショベルカー、はては小型船の操作まで、全くなんでもやらされる。初めてだな船動かすなんて。この舵一度手にしてみたかった。俺は男なのにホントの男になったみたい?近所の役場勤めのねえさんが売店のところで手を振っている。ちょっぴり俺は誇らしげ。
お宮の軒下で昼の弁当。おかずがカライ。土方には塩分が一番か。お茶ばかり飲んでいる俺。強い日射しをさけ、木陰でひとねむり。このときぐらいだろう、想い出に耽るのは。
気だるい身体を起して作業開始。確実に目に見えてくる仕事の成果を見るのは嬉しいもの。Gパンはもう生コンで真っ白、カチカチ。半ズボンにしちゃおう。緑の麦わら帽子がお気に入りの俺。
港町とはこんなものか。朝のにぎやかさはどこへやら、船乗りはみんな寝てるんだろう。外で働いているのは俺たちくらいなもの。見あたるのはあっちで一人こっちで一人、のんびりと網を治しているひとくらい。
あまりの暑さに上半身裸になる。滝のような汗ってこんなものかと、拭いてなんかおられずほっておくと、たちまち眼鏡のレンズはスリガラス。
汗と泥と潮水でびっしょりの身体で飯場へもどる。帰り道酒屋で焼酎を買う鹿児島のおっさんたち。また今晩もすすめられそう、あのキツイやつ。
若い俺は帰るとすぐ風呂の焚きつけ。監督さんが入るとき一緒に入れてもらうこともある。俺は風呂が一番好き。仕事の後の爽快さと、飯場の楽しみと、う〜んとにかくいい気持ち。
海山の幸に恵まれた晩飯はいつもすごい。インスタント生活の俺には毎日活きの良い刺身と野菜たっぷりの食事は天国だ。これなら痩せるどころか肥って帰れるかもね。
焼酎攻めの俺はもうダウン。みんなパチンコやバーに行くのに、俺はテレビの前でもう寝込んでしまう。ものを考える意志も消え失せてる。ただ肉体の欲するまま横たわっている。そしていつの間にかフトンの中へ。
そんな土方の一日よ。
(本土を遠く離れ、恋もなにも忘れ、ただただ汗を流したあの頃。今の風体に似合わぬど根性は、あの頃養われたのかも知れない。人間やろうと思えばなんでも出来る。貴重な青春の体験)
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