身近な人の痴呆の現実を見ていると、ニュースで取り上げられる施設での虐待に対する認識が変わる。なかなかに、全てを赦し見守るというのは難しい。大声で叱る、怒鳴る、そして手が出る。これが現実だ。何事も当事者になってみないとわからないことは多いだろう。僕はいまのところ第三者に近い立場だから、こうして客観視をしているけれども、実の子や嫁の立場の現実は深刻そのものだ。加えて夫婦共々となれば、その負担と心労は倍加する。
どんな名言、卓説であっても
頭で理解しなければ
心に染めなければ
更に言えば
魂に刻み込まなければ
何の意味もない枯葉のようなものだ
オスプレー一機で
高性能の簡易トイレが、何百台も設置可能だという。
何とも情けない話ではないか!
それにしても・・・
日本人は我慢強い国民性だな。
空想ながら
スーパーマンやスパイダーマンになって
現地へ行きたい思いだよ。
「すみません」
「ごめんなさい」
「申し訳ないです」
こう言っておけば、その場が潜り抜けられると思っている。
要するに、心の伴わない常套手段だ。
<温厚>を代名詞に持つ吾輩も、さすがにキレる。
心の中で握り拳を作っている。
顔面に一発!
際どく踏みとどまっている。
幾つになったって
初めて逢うということは楽しい
そして新鮮だ
人間であれ、事象であれ、何であれ・・・
更に言えば
既に面識のある人でも、その奥底にある部分に触れた時
あるいは、見せつけられた時
思わず打ち明けられた時
その対象者に選ばれた自分を、素直に喜びたい
・・・と思うのであります。
人間の価値は正義感
燃え滾る justice
僕は、その結果としての
ノックアウト劇をシュミレーションしている
心の奥底で、天誅!の叫びが木霊する