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背景の記憶(180)

    行水

「行水せんかね」

「水、浴びんかね」

夏、実家へ帰ると

父の第一声は

いつもこれだった



行水・・・もはや死語かな


しかし、言われるままに

水を浴びると

体がしゃきっとして

扇風機の風が心地よかった


冷やした西瓜やトマト

それに素麵が

定番だったな

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背景の記憶(179)

    或る人に捧げる私の弁証法

その人はまぶしい
私は応対にひどく気を遣う

その人の得意な笑顔
一点の曇りもない爽やかな笑顔から
私は逆に
宇宙の寂寥をよみとる

そしてまた
人知れぬ夜空の深淵に飛び交う
閃光のささやきを


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背景の記憶(178)〜原爆忌〜

     夏

一人の兵士が帰ってきた。
大男の
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の彼は
前の家の近くだった。

「やあ、帰ったかかね。早かったね。
 どこにいたの」
「広島です」
「ふーん、あそこはえらい爆弾が落ちたというのに
 いい調子だったね」
「はい」
・・つい、二、三日前の新聞で「新型爆弾か」という
記事を見たばかりだったから
私はこころから祝福した。

愛くるしい童顔の彼が
あまり見えないので
どうしたやら
ちょっと聞いてみた。

だれかがいった。
帰った一週間ほどは
何ともなかった。
やがて血を吐きだした。
血を下した。

帰ってから
十日ほどで
ちょっと眉をしかめた
愛くるしい童顔の大男は
消えてしまった。

        (渡部一夫)


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