わたなべあきおWeb

背景の記憶(14)

僕は放送部の後輩に呼び出された。まさに呼び出されたという感じ〜僕はいつでもそうだ。彼女は二級下で、同じアナウンス担当だった。

約束の場所の湖畔へ着くと、彼女は防波堤に腰掛けて、今沈もうとする夕陽を眺めていた。逆光に映る頬の産毛が眩しかった。隣に腰掛けてしばらく黙って夕陽を見ていた。

重苦しい空気を祓うかのように、彼女が呟いた。
「ねぇ〜、あきおくん・・・」(後輩なのに彼女はいつもこう呼んだ)「胸が痛い〜って、経験ある?」
予想もしない質問に、僕は即答できなかった。他の男の子のことなのか?それとも・・・僕のことなのか?

返す言葉を考えているうちに、彼女は不意に僕の頭を彼女の大腿部の上に誘った。そしてその細い指で僕の頭を撫でた。確信は持てたものの、逆に言葉を見つけられず・・・僕の心はどぎまぎしていた。加えて・・・柔らかな感触とほのかな香り、そして彼女の胸の鼓動が僕の思考を混乱させた。妹のような存在としか見ていなかった彼女が、急に大人びて見え成熟した女性に感じられた。

彼女は急に立ち上がり、「帰ろう!」と言うと、制服のスカートをヒラリと翻して地面に飛び降りた。僕はどうしていいかわからず、足下の石ころを拾って、湖面に向って投げた。石はふたつ三つと水面を滑り、最後に大きく跳ねて沈んでいった。

振り向くと、彼女はこれまで見たこともない優しい笑顔で、僕の行為を見守っていた。僕はすぐに駆け寄り手を繋いで歩き始めた。ふたつの長い影は、歩を進めるにつれ次第に寄り添っていった。

(Update : 2007/08/03)